『布物作家』永瀬愛子さん

布物作家 永瀬愛子

愛子さん ―― その名前を私はいつ頃から聞くようになっただろう。
ゲストハウスのリノベーションを木工作家のyashuさんに頼むようになり、インテリアをしつらえるために古物屋 時雨さんに足しげく通うようになって、そうこうしているうちに自然と耳にする機会が増えていったのかもしれない。その発端は正確には覚えていないが、はじめて愛子さんの作品をスマホ越しに見た時の気持ちは、はっきりと覚えている。
「この人しかいない」、そう思った。

〝布物作家〟愛子さんとの出会い

永瀬愛子さんは、福島県鏡石町出身・在住の布物作家。本人に会うよりも先に彼女の作品に出合っていた私は、その洗練された生地選びや独特の縫製から、自分とはかけ離れた世界の住人だろうと想像していた。古いものに価値を見出し、そのポテンシャルを十分に活かした作品づくりは、愛子さんの審美眼と確かな技術があってはじめて成り立つ。そのことが素人でも分かるくらい、彼女のつくるものは美しかった。

愛子さんに初めて会ったのは、2020年の夏頃だと記憶している。「この人しかいない」と思ってから友人を介して紹介してもらい、自分の運営するゲストハウスのファブリック全般をお願いすることにした。「こんにちは」と、はじめて我が家のドアを叩いた彼女の出で立ちは想像以上に美しく、期待通りの涼やかな(でもきっと上質であろう)生地の服をまとっていたが、しかし話をしてみると、その出で立ちからは想像できないほど気さくで楽し気でお茶目で、それがなおさら彼女の魅力を引き立てているように見えた。

福島 ゲストハウス アップサイクル カーテン

愛子さん作のguesthouse Nafshaの客室カーテン。昔の蚊帳をアップサイクルしている。

ポジャギ はぎれ リネン pojagi 

愛子さんが『いつか使おう』と保管していた、麻のハギレでつくったポジャギ(暖簾)。

 

〝古いもの〟や〝手づくり〟に囲まれた幼少期

「昔から、古い布や着物を眺めるのが好きだった」という愛子さん。子供の頃にはよく、隣の須賀川市へ母が服を仕立てに行くのについて行っていたそうだ。かつて宿場町として栄えた須賀川市には、昔からの呉服屋や染屋が残っており、その文化に愛子さんも幼いころから親しんだ。母方の祖父が須賀川市で商店を営んでいたこともあり、工芸品やどこかの国の民芸品など、〝古くて良い物〟に触れる機会も多くあったと言う。

「古いもの好きの母にはよく、美術館やギャラリーに連れていかれていたのですが、小さい私にはまだ早すぎて。あまり楽しかったという思い出はないんですよね(笑)。だけどその中でも〝布〟には惹かれるものがあって、祖母が布しまっている箱を空けては、一人でひっそり眺めたりしてたのを覚えています。」

古物 雑貨 古道具 アンティークボタン

アトリエ 洋裁 糸 布 作家

愛子さんのアトリエは、古くて美しいもので溢れている。

年頃になって母の趣味から離れるようになると、自然と骨董屋や美術品にも触れる機会も減っていったが、それでも〝つくること〟は好きな少女だったそうだ。

「よく友達にアクセサリーを作ってあげたり、布でバッグを作ったりしていましたね。母の趣味から離れても、無意識に〝つくること〟は続けていた気がします。」

高校卒業後、愛子さんは仙台の服飾専門学校への進学を決める。

「服飾」という道を選んで

特にやりたいこともなく、親に勧められて選んだ服飾の道だったが、これが当時の愛子さんにハマった。幼い頃からの仕立屋での体験や、大工であった父方の祖父の影響があったのかもしれない。デザイン科に進んで企画やデザイン画をみっちり学び、卒業後の就職先として、愛子さんはとある作家の工房の門を叩いた。

「セレクトショップで見かけたその作家さんのバッグに一目ぼれして、タグに書いてあった情報をもとに工房にお邪魔したんです。東京の作家さんで、特にアシスタント募集もしていなかったのですが…(笑)。それで雇ってもらえることになりました。」

バッグ トートバッグ 手作り ソーイング ミコノス工房 川柳明子 

愛子さんが一目惚れした『ミコノス工房』作家・川柳明子氏の作品。何種類もの生地や素材が使われた独創的なバッグ。

しかし、当時ちょうど出産を終えたばかりの作家のもとで、住み込みながらのアシスタント生活は難しいものとなった。作品よりも子守に割く時間の方が増えてしまい、愛子さんは4カ月経って工房を離れることを決める。

仕事を辞めて鏡石町に戻った愛子さんは、そこからお金を貯めるために複数の仕事をはじめた。中でも地元の骨董店での仕事では、店主に見込まれて店を任されるほどとなった。

「色々な古いものを扱っている骨董店でした。物によって仕入れの市場が変わってきたりするので、仕入れたい物に合わせて全国各地に出張もしていましたね。アンティークの着物ももちろん扱っていたので、そのリフォームなどもしたりして。」

この仕事を通して、愛子さんは次第に〝古いもの〟に対する審美眼を高めていく。

バッグ トートバッグ 七宝焼き ミコノス工房 川柳明子

上述、川柳 明子のバッグの口。七宝焼きが美しい。アシスタント当時はまだ若く、未熟なために作家とぶつかることもあったが、今では互いに良好な関係が築けていると愛子さん。こうした出会いのひとつひとつが、今の彼女を形づくっている。

ファッション デザイン画 服装

専門学生時代の愛子さんのデザイン画。絵を描くことが好きだった。

 

生活のための仕事と、好きのためにする仕事。

23歳で初めての出産をし、それをきっかけに骨董店の仕事からは一度離れることになる。その後、離婚を経てからは子供を育てるために、出来る仕事を必死にした。縫製の腕を活かし、昔から付き合いのある仕立て屋から仕事を受けたり、縫製工場に勤めたこともあった。

生計を立てるための仕事を受ける一方で、愛子さんはイベント出店にも少しずつ挑戦していく。地元の仲間と一緒に好きなものを並べて楽しむマルシェや、少し遠出をして東京のイベントに作品を出したりもした。

「特に東京では、お客さんの反応の違いを肌で感じることができました。地元のイベントの空気感もとても好きでしたが、東京での経験から、作家としてものをつくることへのやりがいを感じはじめたのも確かです。」

こうして愛子さんは徐々に、〝布物作家〟としての活動をはじめるようになる。

古布 仕覆 手作り 雑貨 布

古布でつくった仕覆(しふく)は、小さくて可愛らしい。

エプロン 古布 作家 インタビュー 布

『下手な仕事はしてはいけない』という祖父の教えが、彼女の制作の土台となっている。〝地の目〟を整える大切さを語る愛子さん。

愛子さんの話を聞きながら、私はひとつ、気になることがあった。
生計を立てるための仕事と、作家として活動するための制作を、彼女がどう使い分けているかということだ。私の小さな経験からだと、〝好きなこと〟と〝できること〟をない交ぜにしてしまうことに、若干の抵抗を感じてしまう。好きではじめたことでも、仕事にしていくうちに次第に嫌いになってしまうということは、往々にして起こり得るからだ。

「特に意識をしたことはないのですが、気づいたら〝戻ってきてしまう〟という感じでしょうか。布物やつくることから離れていたとしても、いつの間にかまたその世界に戻ってしまう感じで…。つくっている時って、無心になれるんですよ。それと、やはり3.11の影響はあるかもしれません。あの経験を通して、『やりたいことをやろう』と強く思ったのは確かなので。」

愛子さん 横顔 布物作家 永瀬愛子 インタビュー Webメディア

それでも〝好きなこと〟に帰っていく

3年前に再婚をし、出産を終えた愛子さんの目下の目標は「アトリエを開く」ことだ。
自宅の倉庫を改装したスペースで、今後の作家としての活動を展開していく予定である。
彼女らしく、選び抜かれた古道具や古布が置かれたアトリエは、それだけで洗練されたギャラリーのようだ。

「実は、昔から一番やりたいのは〝裂き織り(さきおり)〟なんです。古い布や着物を裂いて糸にして、それで織物にしていくという手法なのですが、これが途方もない時間と手間がかかるもので(笑)。一度は諦めかけたんですが、でもやっぱり、昔からの夢を捨てきれないでいるんです。」

裂き織 裂織 バッグ トートバッグ 手作り 

裂き織り生地でつくったバッグ

アトリエ アンティーク 古物 アンティーク家具

現在準備中の新しいアトリエ

子育てや離婚・再婚を経て、女性としての生き方は変わってきたかもしれない。好きなことを仕事にすることで、人知れない苦しみを味わってきたかもしれない。それでもなお、愛子さんは〝やりたいこと〟に無心で帰っていく。

この愛子さんの夢が決して実現不可能なものではないことは、彼女の作品を見たことのある人なら分かるはずだ。古いものに美しさを見出し、確かな技術をもって、新たに命を吹き込むーー。その夢を叶えるための一端にでもなれるなら、私はこれからもずっと、彼女のことを応援し続けたいと思う。

 

永瀬愛子 布物作家 プロフィール インタビュー

布物作家 永瀬愛子(ながせ あいこ)
福島県岩瀬郡鏡石町出身・在住。子供の頃から〝古いもの〟や〝布もの〟に親しみ、服飾専門学校に進学後、作家・川柳明子の『ミコノス工房』にアシスタントとして弟子入りをする。その後、骨董店にて仕入れや着物のリフォームの経験を積み、2007年に長女を出産。子育てをしながら縫製の仕事を受け、現在は故郷の鏡石町で布物作家として活動している。古いものへの審美眼と、それらを活かす高い技術力に定評があり、服飾からインテリア、雑貨など制作の幅は広い。離婚・再婚を経て、2020年に長男を出産。2人の子の母としての顔も持つ。

▶instagram@aico_nagase

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『ff_私たちの交換日記』は、暮らしの中の「衣食住美」を通して“サステナブルな選択”を考える、福島発のメディアです。

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