漁師のおしごと 【冬のタコ籠漁編】
自分たちが住む地域の目の前の海を「地先(ちさき)の海」と言う。地先の海で操業をするのがいわゆる「沿岸漁業」。海外では小規模漁業と表現されることもある。
私の父が営むのも、沿岸漁業だ。
季節とともに少しずつ移り行く地先の海の変化にあわせて、獲る魚を変えていく。
獲る魚が変われば道具も変わるし、操業時間も変わる。市場への出し方も変わってくる。
変化が多い海を舞台にして生計を立てられるほどに稼いでいくことは至難の業であり、そこに面白さがあるのだ。
今回はそんな沿岸漁業漁師の、冬のある日のおしごとを紹介したい。
冬が本番、いわきのマダコ漁
秋も終わりに近づき、海水温が下がり始めると、漁師たちは「キタメ(北の方)からタコが下りてくる」と言う。本格的に寒くなるとタコ漁が最盛期を迎える。
いわきのタコ漁は、籠(かご)を使う。返しのついた入り口がある籠の中に餌を付け、タコが入ってくるのを待つ漁法だ。
一本の長いロープ(幹縄)に、細いロープを枝状につなげ(枝縄)、その枝縄の先にかごを括りつけて海底に沈めておく。この1セットにだいたい45個前後の籠をつける。
籠を海に入れたときから、「どれぐらいタコ入っかな~」と、ドキドキわくわくが始まる。
数日後、仕掛けておいたタコ籠を引き揚げる。
幹縄をたどって籠を一つずつ引き上げていく。水面付近まで籠が上がってくると、タコが入っているかどうかが分かる。入っているときの嬉しさと言ったらたまらない。
海に出るまで
タコ漁をするためには、海に出ていくまでにもたくさんの準備が必要だ。海に出る以外のこまごまとした作業が多いのが、沿岸漁業の特徴のひとつと言える。
まずはタコ籠のセットをつくることから。
ロープと籠はそれぞればらばらに買う。このロープと籠を使って、漁師が手作業でタコ籠漁の仕掛けを仕上げる。
タコ籠につける餌の準備もする。冷凍のサバなどを冷凍倉庫に買いに行き、餌袋に詰める作業だ。この餌袋を籠の中に入れてタコをおびき寄せる。
意外なのは、獲ったタコを入れるのに玉ねぎネットを使うこと。タコは共食いをしてしまうことがあるので、ネットに一匹ずつ入れて出荷するのだ。タコ漁の季節になると、浜通りのホームセンターでは玉ねぎ袋が品薄になるほどである。
また、天気や海況をチェックすることも安全に操業するための大事な準備。昔はテレビの天気予報で天気図を見て、今はスマートフォンで様々なアプリを駆使しながら、気温や風、波の予測を立てて漁に出るか出ないかを判断をする。
これら事前準備は、漁に出ていない空いている時間や時化(しけ)で海に出られない日に済ませる。
海から帰って
漁が終わって海から帰ってからも、いろいろとやることがある。
まずは市場への出荷作業。生きたタコを市場に出荷する作業は結構力がいる仕事だ。
その他にも、漁の間に壊れてしまったタコ籠を直したり、次の漁のために餌を買い足したり、船の燃料を給油したり…。海から帰った後も漁師たちの頭の中はとにかく漁のことでいっぱいで、何かしら体を動かしている。
ところで、漁師はよく“よりあい”をする。例えばタコ漁をする漁師たちで部会をつくって、操業の決まりごと等を話し合ったりする、いわゆる漁師のミーティングのようなものだ。漁師という職業はそれぞれが独立した経営体ではあるけれど、情報は共有し合うし、助け合うことが当たり前。敵対する同業者としてではなく、ゆるやかな助け合いの共同体であることは、海という自然を相手にし、危険な場面もある仕事をしている漁師には大切なことなのだ。
繰り返しの中に
タコ漁の時期はこんな感じの準備と操業の繰り返しだ。しかし、繰り返しの中にも必ず変化があるのが、海と共に働く漁師という仕事の特徴でもある。風が違う、波が違う、海の色が違う――。タコだって気まぐれで、前に獲れたからと言って同じ場所でまた獲れるとも限らない。そんな自然の変化に合わせて工夫していくのが、この仕事の醍醐味なのかもしれないと感じている。
写真:金田翔子
コメント ( 0 )
トラックバックは利用できません。
この記事へのコメントはありません。