『漁業コミュニケーター』 久保奈都子さん

つなぎ手

〝いわきの海〟と聞いて思い浮かべるのは、誤解を恐れずに言えば〝難しそう〟というイメージである。福島の沿岸地域・浜通りに生まれ育った筆者でも、福島の海、とりわけ漁業を営む地域の話については、スッと身構えてしまうところがある。
東日本大震災の原発事故、そして昨年2023年8月の〝処理水〟放出により、再び望まぬ形での注目を浴びてしまったいわきの漁業。しかしそこに飛び込んだひとりの女性がいる。久保奈都子さんだ。
今回はいわき市江名で〝漁師のむすめ〟として育った久保さんの、故郷の海や漁業にかける想いについて伺った。

漁業も魚も嫌いな〝漁師のむすめ〟

福島県いわき市に生まれた久保さん。両親は地元で沿岸漁業を営む漁師で、小型船で海に繰り出し、タコやウニ、アワビなどの季節ごとの魚介を獲りながら、現在も現役で海へ出ている。子どもの頃から海と漁が近くにあった久保さんだが、近くにあるからと言って好きになるとは限らないのが家業の難しいところ。どちらかと言うと漁業から離れたいという想いで、一生懸命勉学に励んだそうだ。中学卒業後は県内でもトップクラスの学力を誇る磐城高校へ進学し、高校卒業後の進路も「都会へ出ること」を優先に考えて選んだと言う。

「大学進学自体は親も勧めてくれていたのですが、実はその時、我が家の家計にはあまり余裕がなかったんですよね。そのことに、私自身がどこか後ろめたさがあったんです。妹もいましたし、あまり家に負担はかけられないなと。進学先を悩んだとき、だから漁業に関連するものであれば言い訳がつくのではと、東京海洋大学を選びました。」

久保奈都子さん ご両親の船

久保さんのご両親が乗る船。メンテナンスをしながら20年近く乗り続けている。

海洋大学では海洋環境学科で学び、卒業論文は水産土木をテーマに選んだ。就職は、在学中に起こった2008年のリーマン・ショックや2011年の東日本大震災も重なった不況下であったが、全国漁業協同組合連合会(通称:全漁連)への入会(就職)を決めた。

全漁連とは、全国の漁業協同組合や連合会から成る団体である。全国4つの事業所と本所があり、久保さんはこのうち東京本所で勤務した。全漁連の役割は「漁業者の経営と生活を守り、豊かな海を次世代に引き継ぐこと」だ。例えば、安定的な魚の供給のために全国に拠点を持って魚の売り買いをしたり、漁船の運航に必要な燃料の供給や、燃料の品質を確保をしたりする。時には組合員である漁業者の声を集めて、国への政策提言も行うこともある。
10年間の勤務のうち、久保さんは7年を政策提言の部署に所属し、残りの3年を広報として新しいメディアの立ち上げに尽力した。

〝中の人〟ではないことへの違和感

漁師の娘として育ったことは、全漁連での仕事にも役立った。政策提言などの大きな仕事であっても、実際の現場をイメージできることは彼女にとっての強みでもあった。しかし一方で、漁業の潮流の上の方で語られる言葉と、実際に見聞きしてきた現場の声との乖離も同時に感じていた。
入会8年目に配属となった広報部では、それまで社内向け中心であった情報発信を外向けへシフトチェンジするために、Webメディアの立ち上げを任された。消費者や漁業関係者以外にも届きやすい発信を心がけ、ゼロからWebと広報について学び、なんとか半年でリリースまでこぎつけた。『Sakanadia』と名付けたそのWebメディアは、現在でも全漁連の大事な発信リソースとして活用されている。

sakanadia

久保さんが立ち上げに関わった、全漁連による情報発信Webメディア『Sakanadia』

転機となったのは、2023年の福島第一原子力発電所の〝処理水〟放出である。
当時久保さんは、新しい環境で自分の力を試してみたいと、ベンチャーの広告代理店へ転職していた。新しい環境で「思ったより自分にはできることが多いかもしれない」と自信を持った矢先に飛び込んできたのが、福島第一原子力発電所の〝処理水〟放出のニュースだった。

2023年8月、政府は福島第一原発の事故により発生している高濃度の放射性物質を含んだ水(汚染水)を浄化処理し、〝処理水〟としての海への放出を実行。処理水という名は付いているものの、完全に放射性物質を取り除けている訳ではなく、その影響については今でも議論がなされている。いわき市の漁業に触れて育った身として、もちろんこのニュースには注目をしてきた久保さんだったが、処理水放出後に見たとある街頭インタビューが、彼女のその後を決定づけた。

「東京のどこかでのインタビューだったんですが、その方の回答がとても他人事のように聞こえたんです。いわきの漁港で穫れている魚は、もちろん首都圏にも流通しています。だからこれは日本全国の人にとって関わりのあることだと私は思っていたのですが、その人の意識ではそうではなかった。そのことにとても違和感を感じたんです。」

消費者の無関心さと無責任さに加え、反対する漁師に対しての「お前らが受け入れれば済むことだ」というような世論や、それを助長するようなメディアの報じ方にも怒りを覚えた。しかし湧き上がってくる怒りや悔しさの中にありながら、一方で彼女は「自分も同じではないか」と感じていた。地元とは言え、現場から離れて暮らす自分自身も、もはや〝当事者〟ではなく、外の人なのではないかと。そう思ったとき、彼女は故郷・いわきの漁業へ関わり直すことを決めたと言う。

いわき市江名港 2024年6月

2024年6月、いわき市江名港の様子。

いわき市江名港 2024年6月

〝漁業コミュニケーター〟を名乗って

仕事を辞めた久保さんは、いわき市へと通いはじめる。2020年に入籍をして千葉に新居を構えていたため、二拠点生活のはじまりでもあった。地元に戻って親の手伝いをし、時には一緒に船にも乗りながら、少しずつ現場での漁業のいろは覚えているそうだ。
2024年1月には個人事業主となり、さらに地元の漁業との関わりを深めるべく奔走している。

独立してから名乗ることにした『漁業コミュニケーター』という肩書きについて、彼女はこう語る。

「今までの経験から、漁業の現場とそれ以外の分野での〝コトバ〟の違いによるすれ違いをたくさん見てきました。そのことに課題を感じていたんです。お互いに良かれと思ってやっていることでも、言語が違うだけで理解が進まないだけでなく、誤解を招いて信用を失ってしまうこともある。さらに悲しいことに、そのすれ違いを利用して自分たちの都合の良いように事を進めようとする人たちがいるのも事実です。現場には現場のロジックと倫理があります。一方で、研究者や行政、経済界にもそれぞれのロジックや文化がある。漁業を軸にどちらの世界も経験してきた私だからこそ、それぞれの懸け橋になれるのではないかと思い、この肩書きをつけました。」

東日本大震災後、良くも悪くも福島の漁業は注目を浴びてきた。原発の補償や補助金、外からの新規参入ビジネスや行政の事業など、現場では様々な意見や立場の人たちが交錯している。その中で久保さんが目指すのは、いかにいわきの漁業を守り、そして繋いでいけるかだ。いち〝漁師のむすめ〟として、大きな声に飲み込まれないための、仲介者としてのコミュニケーションをとっていきたいと考えている。

江名港にて説明をする久保さん

漁師の娘として現場を見てきたからこそ伝えられることがあるのではと、久保さん。

いわきの事務所にて。

フリーランスとなった今、〝漁業コミュニケーター〟としての道を日々模索している。

主語を〝私〟にすると、見えてくるもの

彼女を見ていると思うことがある。それは、なぜこんなにも故郷のために力を注げるのかということだ。愛郷心と言ってしまえばそれまでだが、その愛郷心の正体とは何なのかを、彼女を見ていると考えずにはいられない。大震災、処理水放出…。3.11後に就業した40歳以下の漁協の組合員である漁師は2023年時点で20人に満たないと言う。状況や数字だけを見れば明らかに〝難しい〟と言わざるを得ないいわきの漁業で、彼女は負けじと踏ん張っているのだ。それはなぜか。

過去の自分を振り返り、久保さんはこう言っていた。

「勤めていた頃の自分の意見って、常に〝団体や会社の立場〟から発せられたものだったと思うんです。その時はそんな風には思ってないんですよ。これがまさに〝私の意見〟だと、何の違和感もなく信じていた。だけど会社から離れてから〝自分の意見〟を求められたときに、うまく伝えることができなかったんです。そこでようやく気づきました。ああ、私はこれまで〝自分の考え〟というものを〝自分の言葉〟で表現してこなかったのだなと。」

フリーランスとして、〝漁師のむすめ〟として活動する今の彼女の主語は、常に〝私〟だ。現場で見聞きしてきた〝私〟の感じたこと考えることを、〝私〟の言葉で語る。その工程で取り戻しているのは、もしかすると〝彼女自身〟なのではないだろうか。故郷を失う、もしくは見捨てることは彼女にとってつまり、自分自身をも見捨てることなのではないだろうか。だからこそ久保さんは現場へ戻り、〝当事者〟となることで自身の言葉と家業とを守ろうとしているのかもしれない。

江名港にて。船を引き付ける久保さん。

ご両親の船をロープで乗り場に引き寄せる久保さん

独立したばかりの久保さんに、漁業コミュニケーターとしての今後の目標を聞いてみた。

「実は私、大きな目標を立てて逆算していくやり方って、あまりしていないんです。人生って思い通りにならないことの方が多いですよね(笑)。だから目の前のことをコツコツと、今は少しでも親や地元の漁師さんたちに信頼してもらえるように、現場で色々学んでいきたいと思っています。あ、でも親の船はもったいなくて手放したくないですね。私がちゃんと引き継げるようになれたらいいなと思っています!」

そう語る彼女の口ぶりは謙虚ながらも力強く、まっすぐに心に響いてきた。

 

久保奈都子さん

 

 

 

 

久保 奈都子(くぼ なつこ)
漁業コミュニケーター/ライター
いわき市で漁業を営む“漁師のむすめ”。大学在学中にいわき市漁協、漁業者とともにいわきの漁業の今を伝えるスタディーツアーを実施。2013年から2022年まで全国漁業協同組合連合会(JF全漁連)に勤務し、全国の漁業を対象に水産政策、漁業後継者対策、広報等に携わる。退職後、ソーシャルビジネスベンチャー勤務を経て、現在フリーランス。家業の沿岸漁業を手伝いながら、水産会社広報やライター、漁業関係の新規企画提案等、漁業の翻訳者として活動している。2023年より、当メディアのつなぎ手として主に浜仕事について執筆中。

▶Instagramはこちら@hama_no_nariwai
▶久保さんの過去記事はこちら

佐藤美郷

南相馬市出身、須賀川市在住。『ff_私たちの交換日記』エディター。3.11を機に「衣食住美」の大切さに気づき、2020年に夫と『guesthouse Naf...

プロフィール

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