『シロヤマ写真館』白石ちかさん

シロヤマ写真館 白石ちか

ちかさんという人について、自分はこんなにも近くにいるのに、よく知らずにここまで来てしまった。『シロヤマ写真館の白石ちかさん』と言えば、この辺りでは知られた存在である。いつもハツラツと明るく、元気な撮影で私たちを楽しませてくれるちかさんだが、今回お話を伺って感じたのは、普段のイメージとは少し違った彼女の顔であった。
それはまるで自在に形を変える水のように自由で軽やかで、そして強いものだったのだ。

働くこと、親になること。〝根っこ〟を築いた20代

白石ちかさんは、福島県須賀川市生まれ。写真好きだったという祖父と父の影響で、子供の頃からカメラを手にする機会に恵まれていた。高校時代には90年代のガーリー・フォトの流行りに乗り、大学に入ってからは写真部に入部して、カメラに触れる日々を送ったと言う。

彼女にとっての大きな転機は、大学を卒業して就職した直後に起こる。
就職氷河期と言われる、ここ数十年で最も厳しい就職難の時代にあたりながら、なんとか新卒で就職を決めたちかさん。入社したのは全国展開をしている雑貨店だった。出張で色んな土地に行けるからという理由で決めた会社だったが、入社して間もなく妊娠が発覚。その後、退職にいたる。

「その時、私は24歳だったんですよね。今では色んな方法があるかもしれませんが、当時の自分には〝実家に帰る〟という選択肢しか思い浮かばなかった。実家に帰って両親の手も借りながら、慣れない子育て生活に向き合う日々がはじまったんです。」

シロヤマ写真館 白石ちかさん

ご自身がユニットとして運営している『シロヤマ写真館』のスタジオにて。*1

はじめての妊娠・出産・育児の中で、およそ2年もの間、ちかさんは〝外で働く〟ということから離れることとなった。当時まだ20代半ば。本来であれば全国を飛び回り、思い切り働いていたであろう年齢である。働きはじめた当初、就職難で手に入れた職を手放し、〝親になる〟という未来がこんなにも早くやってくることを想像していなかった彼女は、目の前の子育ての多忙さに圧倒される毎日を送った。

「出産を経て2年くらい経ったころ、ようやく外で働くことになったんです。地元の商業ビルのインフォメーション係でしたが、これが本当に楽しかった…!たぶん、それまで溜まっていた〝働きたい欲〟の反動もあったと思います。仕事が楽しくて楽しくて、あっと言う間に3、4年が経ってしまいましたね。」

周囲をよく見ながら、その場に合った対応を瞬時に求められる接客業は、自分の性に合っていると感じた。制服を着て与えられた役を果たしているということも、「新しい自分」になっている感覚で新鮮だったと言う。しかしある時ふと、周りの先輩に〝30歳以上〟で現場に立っている人がいないことに気が付いた。会社から明確に提示されているわけではなかったが、当時30歳を過ぎたインフォメーション係の女性が進む道は、退職か、事務として裏方にまわるかの二択であったと言う。

20代後半に差しかかった頃、ちかさんは好きだった仕事に区切りをつけて、新しい職場への転職を決めた。

シロヤマ写真館 旧管野園

シロヤマ写真館のスタジオがある『旧管野園ビル』は、元・茶屋をリノベーションしてつくられている。

〝見えない壁〟を感じた30代

新たに彼女が選んだ会社は、郡山市にあるフォトスタジオだった。ここで撮影に関するあらゆる準備や手配を担当する「フォトスタイリスト」として採用されたのだ。

「撮影に関する準備のあれこれ、クライアントとのやり取りなど、本当にあらゆることが仕事でした。つまりは撮影に関する〝何でも屋〟ですね。でも頑張った分だけ評価してくれる社風で、ここでの仕事も夢中で取り組みました。」

存分に仕事に打ち込む中で、30歳のころに第二子を妊娠した。仕事をすればするほど評価してくれる会社ではあったが、その時点での産休・育休の取得実績はゼロ。社内制度も整っておらず、ちかさんは自力でハローワークに通い、産休・育休を取得した。しかしその後の社内の急な人手不足により、出産後わずか4カ月で職場復帰することになる。

仕事は楽しいが、年齢や出産・育児のためになぜか女性には〝見えない壁〟がある。会社という組織の中で働いている限り、こういったライフイベントの度に表れる〝壁〟に、これからも振り回されるかもしれない。そう思ったとき、ちかさんの中で「自立して働きたい」という想いが湧いてきたと言う。

シロヤマ写真館 白石ちかさん 個展にて

*2

フォトグラファーとしての新しい道

30代半ばに差し掛かったとき、彼女にとってまたひとつ大きな転機が訪れた。全国で活動する郡山市出身のフォトグラファーの、福島県での活動拠点の運営を手伝うこととなったのだ。ちかさんはアシスタントとして、運営のかたわら写真撮影の修行にも励んだ。それまで経験した撮影とは全く違う雰囲気の現場の空気。楽しくて、明るくて、あっと言う間の撮影時間。撮られる側とのコミュニケーションややり取りも新鮮で、彼女はその魅力にどんどん惹きつけられていった。

「この頃の撮影を通して感じていたのは、〝写真って楽しいんだ〟ということでした。それまで私が経験してきた撮影って、緻密に、細かく、正確にという感じで、どちらかと言うと職人肌な仕事が多かったんですよね。それが新しい現場ではまるで違っていたんです。いい意味で肩の力が抜けていて、撮る側も撮られる側も楽しい。それがとても良いなと思いました。」

運営をはじめてから数年後、門下生数名で新たに活動を立ち上げることとなった。名を『いなわしろ写真館』として、2019年に活動を開始。スタジオ撮影のほか、県内外各所にも積極的に足を運んで「出張写真館」の撮影も続けた。

そして活動をはじめてから3年後の2022年、ちかさんは同郷の小山加奈さんとユニットを組み、地元である須賀川市にて『シロヤマ写真館』を独立オープンさせるにいたる。

シロヤマ写真館 白石ちかさん 出張写真館

シロヤマ写真館としての出張写真館の様子。左が小山加奈さん、右がちかさん。*3

シロヤマ写真館 ロゴ

『シロヤマ写真館』は、ちかさんの「白石」と加奈さんの「小山」の姓を一文字ずつ取ってつけた。

シロヤマ写真館と、白石ちか。

『また来たくなる写真館』として、撮った人の日常を特別なものにしてくれるのがシロヤマ写真館だ。ちかさんと加奈さん二人による撮影は、パワフルでテンポよく、あっと言う間だけど充実感に満ちている。彼女たちとの撮影の後は、いつもプールで泳ぎ切ったときのような、ずっしりとした心地よい達成感がある。

一方でちかさんは、最近〝白石ちか〟としての個展も開催している。彼女がこれまで撮りためた写真を一面に展示した部屋は、いつものシロヤマのスタジオながら、全く別の空間に思えるものだった。静謐で、でも温かくて、どこか懐かしい写真を目の前にしながら、私はそのどれもが自分の知っているちかさんとは違うものだと感じた。同時に、彼女の切り取る世界がとても好きだと思った。

シロヤマ写真館 白石ちか 写真展

2024年2月に開催した『白石ちか写真展 – filter- 』の様子 *4

シロヤマ写真館 白石ちか 写真展

個展はスタジオの入っているビルの1・2階にて、4日間にわたり開催された。*5

 

「しがみつかずに手放して、新しいことを取り入れていこうと思うんです。」

ちかさんは言う。

やりたいと思ったら、リスクも理屈も一旦置いてひとまずやってみる。やってみてダメだったら、執着せずに手放してみる。手放した分だけ、かえって新しい出会いや発見があるかもしれないーー。
そんなちかさんの言葉を聞きながら、私はやはり、水のような人だと思った。どんな環境でもするりとかたちを変えて、進んでいく。それが例え目の前に立ちはだかる〝見えない壁〟や〝暗黙のルール〟であっても、彼女は軽やかに超えていくのだ。いつでも新しい自分になることに喜びを見出している彼女にとって、もしかすると接客業もフォトスタイリストも写真館も、自分という水をかたどる〝入れもの〟に過ぎないのかもしれない。
そしてその姿に勇気づけられているのは、私だけではないのではないだろうか。

「シロヤマ写真館を通して、色んな人とつながれたらいいなと思っています。写真館としてだけでなく、地域の人と関わって〝場〟をつくっていけたらいいな、と。」

型もジャンルも楽しみながら超えていくちかさんの姿を、これからもずっと、近くで見ていたい。

 

シロヤマ写真館 白石ちか
白石ちか(しらいし ちか)
福島県須賀川市生まれ。カメラ好きの祖父と父の影響で幼少期より写真に慣れ親しむ。高校・大学と趣味でカメラを続け、社会人になってからはフォトスタイリストとして撮影現場での経験を積む。2015年、郡山市出身の写真家のアシスタントとして『いなわしろ写真館』の運営に携わり、2019年に同スタジオの中核メンバーとして本格的に活動を開始。2022年には同郷の小山加奈さんとユニットを組み、『シロヤマ写真館』として独立。須賀川市のリノベーションビル『旧管野園』の一階にて、スタジオを構える。

▶白石ちか Instagram@chikashira31
▶シロヤマ写真館 Instagram@shiroyamaps
▶キッチン シロヤマ Instagram@kitchen_shiroyama

《写真》サムネイル、*1~5:シロヤマ写真館ご提供、その他:アンドウエリ撮影

佐藤美郷

南相馬市出身、須賀川市在住。『ff_私たちの交換日記』エディター。3.11を機に「衣食住美」の大切さに気づき、2020年に夫と『guesthouse Naf...

プロフィール

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