『古物屋 時雨』石井睦子さん

時雨さんのことは、福島に移住する前から知っていた。
夫の地元である須賀川市にUターンをすることになってから、私たちは須賀川とその周辺のことについて色々と調べ、その中で見つけたのが時雨さんだ。
いつかの帰省の際にお店に伺い、Web上で眺めていたそれの何倍ものため息が出るほどの素敵な空間に、すっかり心を奪われた。以降私は、時雨さんの自称・コアファンである。

古物屋 時雨さん

「古物屋 時雨」ができるまで

「古物屋 時雨」として、店主の石井睦子さんがお店を開いたのが今から5年前の2017年。知人から紹介してもらった元・日用品の商店を改装してオープンさせた。
私にとって時雨さんは、「いつも、そこにある」といった印象がある。木・金・土・日の13時~19時という営業時間を守り、盆や正月でさえも例に漏れない。かと思えば、「本日はディナーの予約を入れてしまったので、18時で閉めさせていただきます。ワガママをお許しください。」など、思わぬ理由で店を早く切り上げたりもする。きちんとしていて、でも肩の力が抜けていて。そんな店主の睦子さんを、私はますます好きだと思ってしまう。

店主の石井睦子さん

『古物屋 時雨』の店主、石井睦子さん

時雨には前身があるそうだ。
店を開業する前の年の夏、睦子さんの家の店先で「ミセサキ市」なるものを開いたのが一番のはじまりだと言う。家の蔵にしまってあった古い物を「もったいないな、何かしようか」と思ったことがきっかけで、酒屋でもあるご実家の店先で小さな市を開くことにした。突然の思いつきでスタートさせ、たった3日の準備期間で臨んだこともあり、初回のお客さんは、睦子さんの叔父さん1人だったと言う。それでも、これから一カ月に一回はこの「ミセサキ市」をやろうと決め、郡山市内のカフェの一角を借りたり、友人作家と一緒に取り組むなどして、徐々にお客さんが増えていった。

「ミセサキ市」をはじめてから半年ほど経った時、今の「古物屋 時雨」となる物件と出会う。昔は日用品などを売る個人商店だったという店内は、内見をした時にはまだかつての売り物が大量に残されていた。ここで店をやろうと決め、まずは残っていた売り物の「処分市」からはじめた。少しずつ改修工事を進め、自分でも壁を塗ったりなどの作業をする傍ら、店を開けて、この場所でも「ミセサキ市」を続けた。
物件を決めてから約8ヶ月後の夏。8月下旬の釈迦堂川花火大会を目前にして、「古物屋 時雨」はオープンした。思い立っての「ミセサキ市」をはじめてから、ちょうど一年後のことだ。

酒屋のご実家の前ではじめた『ミセサキ市』

開業前の時雨の店内

時雨の改装の様子。多くの友人の力を借りて、オープンまでこぎ着けた。

「見立てる」ことで変わる、物の見え方。

時雨の店内はどうしてこんなにも心地いいのだろうと、いつも思う。
まだ訪れていない人には、ぜひ一度、実際に足を運んであの空気感を体感して欲しいとさえ思う。こんな言い方をしてしまっては怒られるかもしれないが、店内に並べられているのは、決して「蔵出しの一級品」というものばかりではない。むしろしっかり使い込まれた風貌の五徳や、うなぎ捕獲用のかご、桶を抑える丸い箍(たが)など、現代の私たちの暮らしからすると「これって、一体何ですか?」と思わずにはいられないようなものばかりである。しかし、普通であったら見向きもされないこれらの「古物」が、時雨の店内に並べられていると、不思議と馴染む。まるで昔からそこにあったかのように、しっくりと落ち着いて、さらには「ふうっ」と静かに呼吸をするかのように、息づいているようにさえ見える。

「色々と置く場所を変えてみる中で、“ここだ”という場所があるんですよね。あとは、目の前にある“その物”だけに目をやるのではなく、空間全体の調和を見る、という感じでしょうか。」

睦子さんの“見立て”という審美眼が、この空間を美しく、血の通ったものにしている。

時雨の店内では、小さなものも古いものも、不思議と生き生きと見える。

変わらず居ること。ここで見届けること。

昔から「ごっこ遊び」が好きで、家の中にあるもので自分の理想の「小さなお家」をつくっては、一人楽しんでいるような子供だったと言う。物心ついた時には「建築家になりたい」と漠然と思いはじめ、実際に地元大学の建築学科へ進学して、大学院にまで進んだ。卒業後は郡山市の建築事務所で働き、自分のやりたいことにも取り組みながら、20代という時間を過ごしてきたそうだ。そして20代も終わりに近づいた時、東日本大震災が起こる。

「あの時は、きっとたくさんの人が大変な想いをしていたと思うんですけど、私は3.11をきっかけに、なんだか“ここに居なければならない”と、前にも増して強く思うようになったんです。何が何でも『見届ける』んだ、という気持ちというか。」

いつも穏やかな睦子さんの目の奥が、くっと強くなる。もしかすると私が感じていた「いつもここに居てくれている時雨さん」という印象は、彼女のこの姿勢からやってきているのかもしれない。毎週同じ曜日の同じ時間。世の中のあれこれに順応しながらも、淡々と店を開け続ける。今では著名な作家も個展を開くほどの店になっているにも関わらず、睦子さんは決して偉ぶらず、地元や身近な人たちを変わらず大切にしている。

「なるべく地元に還元したい」と、お客様用の紙袋は近くの商店で調達している。

「古物」と「書道」、二つの“好き”。

古物屋を切り盛りする一方で、書道教室も開いている睦子さん。
時雨の店内の一角で生徒さんを迎え、「書きたいものを書いてもらう」というスタイルで教え始めて、早5年が経つ。小学生の頃からご自身も書道教室に通い始め、今に至るまで続けていられるのは、「やっぱり書道が合っていたからではないか」と、彼女は振り返る。

「多分、古物屋か書道か、どちらか一本だけだったら上手くいっていなかったと思うんですよ。好きでいられているこの二つ両方に取り組むことで、バランスが取れているのかもしれません。今私がしていることって結局、子供の頃からの“好き”の延長線上にあるんですよね。」

時雨の店の一角で開かれている、睦子さんの書道教室

“子供の頃からの好き”を、大人になった後もきちんと覚えている人が、どれだけいるだろう。真っ新な気持ちに芽生えた子供の頃の“好き”は、大人になるにつれ少しずつ修正され、「社会」という枠組みの中に収めることを求められる。「成功」の基準は次第に数値化され得る「偏差値」や「収入」が優先されるようになり、かつて感じていた純粋な“好き”という感情は、甘美だけれども現実的なものではないとして、心の奥底で蓋をされてしまう。
しかし私たちが思っている以上に、この“はじめの好き”は馬鹿にできないのかもしれない。夢中になっていた“ごっこ遊び”が古物屋の空間づくりに生き、自然と続けられてきた書道で自分が教える側となっている睦子さんを見ていると、そう思わずにはいられないのだ。

「この店は、これまでの集大成って感じなんです。何年越しかの卒業制作のような感覚ですね。あれこれやった時期もありますけど、今ようやく、これまでの道が一致したなという感じがしています。楽しいですね。」

きっと「古物屋 時雨」の睦子さんは、これからもずっと、この場所に居続けてくれる。
そして睦子さんがいる限り、私も店に通い続けるのだ。

古物屋時雨 店主 石井睦子さん

『古物屋 時雨』店主 石井睦子(いしい むつこ)
須賀川市の旧市街、松明通りの入口付近にある「古物屋 時雨」の店主。2017年に元・日用品店を改装して古物屋をオープンさせた。店内には彼女が選んだ“古いもの”が丁寧に並べられ、来る人の目と感性を愉しませてくれる。店の一角で書道教室も開いており、文字通り老若男女が通う場となっている。ここ数年は書道の要素を取り入れたアーティスト活動にも取り組んでおり、「驟雨(しゅうう)」の名義で“線を引っ描いて”いる。

古物屋 時雨
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石井睦子 書道教室
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驟雨
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佐藤美郷

南相馬市出身、須賀川市在住。『ff_私たちの交換日記』エディター。3.11を機に「衣食住美」の大切さに気づき、2020年に夫と『guesthouse Naf...

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