東北初の“村立”、『岩瀬図書館』。

須賀川市岩瀬地域。一面に広がる田園風景の中に、コンパクトながらもモダンな外観の建物がある。須賀川市岩瀬図書館だ。2005年に須賀川市と合併するまでは〝村〟だったこの地域。記録によればこの岩瀬図書館は、東北で初の〝村立図書館〟だそうだ。
今回はこの岩瀬図書館について、その設立の経緯や魅力について話を伺った。

岩瀬図書館ができるまで

岩瀬図書館の構想がはじまったのは、1980年。当時村長だった佐藤正夫氏をはじめとする村の有識者が「基本構想計画委員会」を発足し、村民の意識調査・図書館アンケートをおこなったとの記録がある。しかしその後、数年間にわたっての冷害による農作物の不作が続き、その対応に追われる中で計画の実施も遅れていった。結果、構想から5年後の1985年5月に『岩瀬村図書館』として開館。全国では6番目、東北では初の〝村立〟図書館として、当時話題となった。

開館後の来客数は予想を上回り、老若男女あらゆる世代が利用していたと記録されている。開館当初の蔵書数は1万3000冊ほど。「純農村としての特色を生かす」という観点のもと、特に農業関係の本を多く蔵書することで村の農業発展にも寄与した。

館内に散りばめられた〝農村図書館〟ならではのデザイン

岩瀬図書館の魅力のひとつが、そのデザイン性である。平屋建てのこじんまりとした外観ではあるが、中に足を踏み入れてみると思っていた以上に広く感じる。おそらく東側に大きく造られた窓からの採光のせいだろう。靴を脱いで上がる図書館も今どき珍しく、かえって新鮮に感じる。

そんな印象を抱えながら、今回の取材のためにお借りした資料を見てみると、まさにこの図書館を建設する上でのこだわりが記してあった。

例えば農家の多いこの地域への配慮として、入口付近には長靴の洗い場がつくられている。排水グレーチングも半円デザインにするなど、審美性にもこだわりが伺える。また、靴を脱いで館内に入るのも、作業後の汚れを気にせず過ごして欲しいという配慮からだそうだ。裸足でも心地よく、かつ足音が響かないということから、床には全面カーペットが敷かれている。

岩瀬図書館 玄関

靴を脱いで上がる岩瀬図書館のエントランス

印象的だった窓からの採光へのこだわりも記してある。窓自体の数は多くないものの、設置してあるものについては露地や坪庭に面して造ることで、余計な刺激や視線を和らげている。天井には「三角形の採光ガラス」が設えてあり、外からの自然光を上からも取り入れられる設計になっている。開館当時、この三角ガラスの屋根は近代的でモダンな印象を与えたようだ。残念ながら震災の影響と老朽化により、現在はカバーで覆われている。

館内窓際の席。外からの刺激を和らげるため、外壁が絶妙な高さでつくられている。

この他にも、実際に足を踏み入れて感じる岩瀬図書館の〝過ごしやすさ〟へのこだわりは、随所に見られる。当時、設計を担当した日本技建が寄せた寄稿文の中には、『農村に生きる人々が使いやすく、そして〝誇りに思える〟“図書館にすること』への想いが綴られていた。佐藤正夫氏や開館時村長の会田好二氏の想いでもあるその理念は、40年近く経った今でも空間を通して感じ取ることができる。

こちらの窓は図書館傍の庭園に面している。緑と程よい日差しが目に優しい。

地域に根差した図書館と、勤めるひとびと。

設立から38年経った現在、岩瀬図書館の蔵書は6万6000冊におよぶ。1日の利用は40人ほどで、60代以降のシニア層と児童が中心だそうだ。中心市街地に一つ、岩瀬を含めた西部地区に二つと、須賀川市内には現在合計3つの図書館がある。蔵書数が多いのはやはり市街地の中央図書館だが、利用者の中には3つの図書館の特性をつかんで、使い分けている人もいるそうだ。中でも岩瀬図書館を利用する人は、静かな環境や使いやすいファニチャーを求めてくる場合が多く、わざわざ市外から来館して勉強や仕事をしていく人もいると言う。

本の貸し出しの他にも、地域の学校へ選書をして本を届ける「学級文庫」の取り組みや、デイサービスへの本の定期貸し出しなど、〝地域に本を届ける〟ことも岩瀬図書館では積極的に行っている。現在ここで働いているのは館長をはじめとした5名の職員。中でも事務補助員の中路さんと坪井さんは、10年以上にわたって岩瀬図書館を支えてきた。中路さんと坪井さん、そして司書の大竹さんが特に力を入れている取り組みのひとつが、「絵本の読み聞かせ」だ。

図書館設立当初から続く「おはなし会」

岩瀬図書館で人気のイベントのひとつが、開館当初から続く、月に一度のおはなし会である。0歳〜3歳とその保護者が対象の「ちいさなおはなしのへや」、月毎のテーマに沿った読み聞かせや、手遊び・工作をおこなう「おはなしのつどい」など、図書館職員が趣向を凝らして参加者を楽しませている。
地域に根差した読み聞かせイベントへの想いを、中路さんはこう語る。

「絵本は本来、〝読んであげるもの〟だと思っているんです。子供一人で読む楽しみもあるとは思いますが、大人が読み聞かせをしてあげられたら、それが一番だと思うんです。物語を親子で〝一緒に楽しむ〟ための本が、絵本なんですよね。」

絵本を通して何か「教育」するというよりも、絵本そのものの面白さを伝えることを大切に、岩瀬図書館では選書をしている。昔から読み継がれている作品でも、最新のものでも、美しい絵と言葉で書かれた絵本には、どんな小さな子供にも伝わる力があると言う。
また、地域のボランティアと協力して読み聞かせをするところも、このイベントの特徴だ。中には過去に岩瀬図書館に勤めていたOGもおり、本の精鋭たちと一緒に読み聞かせできることに、中路さんも坪井さんも誇りを感じている。

おはなし会を行う円型の「お話しコーナー」には、ガラスブロックを通して柔らかい光が入る。

どんな人にもひとしく、〝本の愉しみ〟を

地域に馴染む農村ならではの空間デザインと、「田舎の村でも都会と同じように文化の恩恵を」と設立に尽力した佐藤正夫氏の想いは、本を愛する歴代の職員に引き継がれている。皆でつくり、守ってきた図書館という存在が、この岩瀬地域の知性と感性を支えてきたのだろう。
どんな人にも等しく〝本を愉しむこと〟は必要だ。タブレットやオンラインでの読書が増えても、紙の本を手に取り、手触りや匂いを感じながら過ごす時間は、〝文字を読む〟こと以上の何かを私たちにくれる気がする。
温かな日差しに溢れる岩瀬図書館で、そんな〝本の愉しみ〟を感じてみるのはいかがだろうか。

 

 

 

 

 


須賀川市岩瀬図書館

962-0302 須賀川市柱田字中地前22
休館日:毎週月曜、祝日、毎月最終金曜(館内整理日)
平日は10〜18時、休日は10〜17時の開館。
※毎年2月上旬は蔵書点検のために休館となります(HPにてお知らせ)。
アクセス参照:須賀川市HP:岩瀬図書館「利用案内」
取材協力:須賀川市岩瀬図書館職員のみなさん
参考資料:岩瀬図書館保管 設立関連記事記録:須賀川市公式ホームページ>岩瀬図書館

アンドウエリ

須賀川市 / 郡山市出身。152cm。 虚無と祈りを往復するクヨクヨ音楽家。 『暮らしにちかい 音楽の愉しみをつくる』を自身の軸に、打楽器・マリンバを演奏す...

プロフィール

関連記事

  • コメント ( 0 )

  • トラックバックは利用できません。

  1. この記事へのコメントはありません。

CAPTCHA