福島には漁業がある(後編)

福島には漁業がある 後編
コラム

福島県いわき市にて漁業を営む家に生まれ育った筆者。東日本大震災と原発事故による被害、そして2023年8月に決行された原発の“処理水”放出を経て、今感じていることを“漁師の娘”の視点からつづる。地元を離れて関東で漁業関連の仕事に就きながら、「いつか地元いわきのために」という想いを原動力に関東と福島県との二拠点生活をはじめる中で、見えてきた課題があった。
今回も前編に続き、現場で感じた「福島の漁業」について触れていこうと思う。

現場で感じる「いわきの漁業」の3つの課題

いわき 漁港 市場 せり

沼ノ内市場にて、入札のようす。値段を書いた紙札を入れ、高値の者が買い落す。穏やかながらプロの緊張感が走る現場。

首都圏と地元いわきでの二拠点生活をはじめ、漁師という家業を通じていわきの漁業と向き合ったことで、見えてきた課題がある。もちろん、たかだか数ヶ月通ったことで知れることなんて限度があることも分かっている。きっと福島県/いわき市の漁業の抱える課題は、もっと根深く、深刻なものなのだ。そのことを十分に承知した上で、私に身近なところで感じた「いわきの漁業の課題」を大きく3つ挙げてみようと思う。

一つ目は、次世代の担い手が少ないこと。
震災当時、現役として漁業の中心的な担い手だった世代は、現在ベテラン世代となっている。本来ならその次世代である私たち20〜40代が、これからの水揚げの中心を担うはずだが、その世代の漁師が圧倒的に足りていないのだ。

二つ目は、知識と技術の継承について。
東日本大震災後、様々な外的な要因で操業形態の変更を余儀なくされたことで、いわきではこれまで実践されてきた漁法が中々できなくなってきた。
網などの漁具の使い方、漁場の特徴、資源管理の仕方などを覚えるきっかけも教わる機会も減ってきている。世代から世代へと受け継がれ、蓄積されてきた知識や技術が途絶えてしまうかもしれない。

最後は、海洋環境の変化。
今や日本に限らずどの地域でも課題になっている海水温の上昇は、いわきの海にも影響を及ぼしている。これまで獲れていた時期に獲れていた魚が姿を見せないということは、多くの漁師から実際に聞く話だ。
海水温の上昇以外にも、豪雨などの自然災害が沿岸域の海の環境変化に大きく影響していると言う。

このような現状が、いわきでの漁獲量がなかなか増えない要因にもなっているように思う。最新のいわき市の統計を見てみると、令和4年時点での漁獲量は平成22年比の約4割(金額は約3割)に留まっている。魚が揚がって初めて市場が動き、流通が動き、地域の水産業が動き出すという、水産業の”ゼロイチ”を担う生産現場として、いわきの漁業は充分な量を生み出せていないのかもしれない。そう不安にかられずにはいられない数字だ。

10年後、100年後の「福島の漁業」を語るために

いわき 漁師 市場 漁業

大きく頼もしい漁師たちの背中。浜に集まれば皆ずっと何かを話している。漁業とは会話が多い職業なのだ。

「大震災」や「原発事故」、そして今回の「処理水放出」といった視点からいわきの漁業を見ると、どうしても不安や焦燥感が襲ってくる。しかし一方で、そういったビッグワードではない、「当事者の立場」から身近なことに目を向けてみると、見えていた課題が“壁”ではなく、“過程”に感じられるということにも気づいた。
ここで言う“過程”とは、私が生きる時間よりも長い時間軸の先にある、未来へ向かうための道筋のことだ。課題をネガティブな方向にだけ捉えるのではなく、未来へつながる「可能性」として考えてみる。そうすると、見えてくる事実がある。

それは今、“福島には漁業がある”ということ。

今この地域には、漁業がある。あり続けている。これは大震災後の13年間、漁師や水産関係者、そして消費者が踏ん張ってつくってくれた“奇跡”なのだ。地震、津波、原発被害、処理水放出…。数えきれない「想定外」の事態が浜を襲い、その度に負けずに向き合ってきた結果が“今”なのである。とは言え課題は山積みで、決して元のような活気が戻ってきているわけではない。しかしそれでも福島には漁業がまだある。いわきには、漁師が居続けている。
こうやってその時を生きる人々が踏ん張り、乗り越えて来てくれたからこそ、今につながっているものがあるのだ。そう思うと、目の前に立ちはだかる問題も課題も、今ここにいる私たちが向き合い、克服していかなければという気持ちになる。

次の10年、30年、50年の福島・いわきの未来はどうだろうか。
100年後の福島は食糧に困らない地域であり続けているだろうか。
気候危機は乗り越えられているだろうか。
おいしい魚が食べられる、争いごとがない平和な世の中が訪れているだろうか。

100年後に自分の子どもや孫が、「この地域に漁業があってよかった」と思ってくれるような未来であってほしい。そのために一緒に福島の漁業に思いを馳せ、考え、“過程”を楽しみながら動いてくれる仲間が増えることを願っている。
これからもずっとここで、漁業の話をしていきたいのだ。

いわき市「令和5年度 いわき市の水産」

書き手:久保奈都子(くぼなつこ)
漁業コミュニケーター/ライター
いわき市で漁業を営む“漁師のむすめ”。大学在学中にいわき市漁協、漁業者とともにいわきの漁業の今を伝えるスタディーツアーを実施。2013年から2022年まで全国漁業協同組合連合会(JF全漁連)に勤務し、全国の漁業を対象に水産政策、漁業後継者対策、広報等に携わる。退職後、ソーシャルビジネスベンチャー勤務を経て、現在フリーランス。水産会社広報やライター、漁業関係の新規企画提案等、漁業の翻訳者として活動している。

久保 奈都子

漁業コミュニケーター/ライター いわき市で漁業を営む“漁師のむすめ”。大学在学中にいわき市漁協、漁業者とともにいわきの漁業の今を伝えるスタディーツアーを実施...

プロフィール

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