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「黄金のペットボトル」研究家アーティスト・木村晃子さん

木村晃子_アーティスト_黄金のペットボトル

その人にはじめて会ったのは、確か2024年の春頃だったと思う。私が住まう福島県須賀川市の市民交流センターにて、彼女の制作した短編映画の上映会が開催されるということで、夫婦で足を運んだのだった。なぜ彼女の存在を知ったのかは、はっきり思い出せない。おそらくその表現スタイルと映画の内容がブっ飛んでいたために、記憶に残ったのだろうと思う。
短編モキュメンタリ―として彼女が制作した映画のタイトルは、「黄金のペットボトル〜GOLDEN PET BOTTLE〜」である。題材としたのは、実際に路上に捨てられている“尿入り”ペットボトルだ。

その人、アーティスト・木村晃子。

木村晃子さんは、須賀川市長沼地区出身。2025年現在、現役の大学院生で、山形市の東北芸術工科大学大学院にて複合芸術領域を専攻している。
木村さんが美術分野への進学を決めたのは、高校2年生のときだった。当時所属していた美術部の先生から勧められたことがきっかけだったと言う。人に教えることは嫌いではない、絵を描くことも好き、ということで、当初は教員育成で定評のある地元の県立大学への進学を考え、準備を進めていた。県内外の美術コンクールへも積極的に出展し、受賞歴も多く持っていたと言う。

ところが、ひょんなことがきっかけで、結局彼女は第一志望の大学への進学を取り辞めることになる。推薦受験の面接時に起きた、面接官との意見の不一致が原因だった。

「この時はじめて、自由そうに見えるアートの領域にも、れっきとした序列やしがらみがあるのだと感じました。もちろん、色々な意見や立場があって当たり前とは思うのですが、ひとつの正解を押し付けられることに、どうしても違和感があったんです。」

その後、彼女は急きょ志望校を変更。同じ東北地方にある東北芸術工科大学へ見学へ行き、その自由な空気感に惹かれて受験を決めた。この時すでに高校3年生。ぎりぎりでの路線変更ではあったが無事に合格し、同校の美術学科洋画コースへと入学することとなる。

洋画から“おしっこ”へ。アートを通してできることとは?

好きな洋画を4年間専攻した木村さんだったが、同時にもどかしさも感じるようになっていた。相手に伝えるという点では、絵画は基本的に受動的な媒体である。描いたものを他者に見てもらい、各々に感じてもらうというものだ。絵画に向き合えば向き合うほど、彼女の中で「もっと他の人と一緒になって、感じられるものをつくりたい」という欲求が膨らんでいった。

加えて、4年生の頃に観たとあるテレビ番組のコーナーが、彼女の関心を惹いた。それは男性タレントが福島県内の路上を散策してゴミ拾いをするというもので、その日に放映されたのがたまたま彼女の地元だったのだ。勢至堂峠という、古くから長沼地区と猪苗代町をつなぐ峠道で、交通量は多いがトイレや休憩所がない。また人目にもつきにくいためか、昔からゴミの不法投棄が多い場所でもあった。
特にショックだったのが、ペットボトルに入れて捨てられた「尿」だった。一見するとお茶やジュースに見えなくもないが、開けてみると絶対的なアンモニア臭が鼻をつく。故郷に捨てられたゴミを見ながら、木村さんの中に湧き上がってきたのは、“怒り”だったと言う。

「ショックと怒りで、その後、デモを決行したんです。勢至堂峠に一人でプラカードを持って立って、『ごみを捨てるな』って。でも、スピードを出して通り過ぎる車両からは私の姿なんてほとんど見えないし、何をやっているのか分からない。このやり方ではダメだなと思いました。」

その後、大学を卒業した木村さんは同大学の大学院へと進学する。これまでの洋画専攻ではなく、「複合芸術領域」という新たな分野へ踏み込みたいという想いからだった。研究対象として、尿入りの「黄金のペットボトル」へのリサーチと探究をすることを決めた。

黄金のペットボトル 長沼

実際に勢至堂峠で拾った黄金のペットボトル。この日は1キロの範囲で計7本を収穫。

ゴミ拾い 黄金のペットボトル

タレントのブンケンさんとゴミ拾いコラボをした時の様子

「黄金のペットボトル」の奥にある、“私たち”の問題。

ペットボトル廃棄の当事者だけを責めるようなやり方では意味がない、と感じた木村さんは、改めて現状をリサーチすることにした。調べていくうちに分かってきたのは、「これは決してドライバーのモラル欠如だけで済まされる話ではない」という現実だったと言う。ペットボトルという形状のものに尿を入れて捨てられる、という時点で、廃棄者の多くが男性であろうことは察しがつく。また、トイレに行く余裕もないほどの状況から、長距離の移動をともなう可能性も高い。この2点から木村さんは、長距離運転のトラックドライバーに当たりをつけて調査を進めた。チャットツールを駆使して実際にドライバーコミュニティへと入り込み、事情を説明したうえで、彼らの現状をヒアリングした。

「7人のドライバーさんに話を伺ったんですが、実際にペットボトルに用を足したことがあるという方は、なんと全員でした。でも、それを道端に捨ててしまったという人は、その中で1人だけ。他の6人のドライバーさんはトイレに流して処理したそうです。道端に廃棄してしまったという人の話も聞いてみると、『男性トイレで捨てるのが恥ずかしい』という率直な意見も出てきて、そうなのかと。」

そもそも、トイレにも行けないような労働環境に問題があるのではないかという疑問を胸に、木村さんは運送会社へもインタビューへ赴いている。会社としては、ひと昔前よりも労働者への“肉体的な”負荷はかからないように配慮しているそうだが、精神的なサポートまでは手が回っていないというのが現状だった。ペットボトルに排尿し、ましてやそれを車内に溜めたり、道端へ廃棄せざるを得ない精神状態は、決して健全とは言えないだろう。事態は木村さんが想像していた以上に深刻に見えた。

尿を液肥に、液肥で野菜を。短編映画でつくる循環。

黄金の尿入りペットボトル問題にどう向き合うか。彼女が取った行動は「映画制作」だった。実際に勢至堂峠に捨てられているペットボトルを“採集”し、それらを使って液肥にして野菜を育てた。そしてその野菜を腕のあるシェフに調理してもらい、黄金のペットボトルの“生産者”である長距離トラックのドライバーに食べてもらうという一連の流れを、ドキュメンタリー風の映像、「モキュメンタリ―」として撮影したのだ。

短編映画「黄金のペットボトル〜GOLDEN PET BOTTLE〜」より

黄金のペットボトル生産者(トラックドライバー)が、生産者としてのプライドを語るシーン。

このモキュメンタリ―自体は20分弱の短いものであるが、その後の木村さんによる作品の解説がさらに興味深い。映画制作に至るまでの経緯から、実際のドライバーの労働環境が抱える課題、そしてそれらを助長してしまっている私たちの消費活動まで、綿密なリサーチによって浮き彫りになった「見たくない現実」を、はっきりと提示してくれている。
また、この“負の廃棄物”である黄金のペットボトルをなんとかポジティブに変換するために、尿の液肥化も研究中だと言う。専門家に話を聞き、リサーチを重ねて、昨年の夏には第一弾として地元の長沼地区にてひまわりの栽培に成功した。ひまわりは同年の「山形ビエンナーレ」にて販売し、完売となっている。ゆくゆくは劇中のように野菜を育てることが目標だそうだ。

黄金のペットボトル 黄金のひまわり

黄金のペットボトルを発酵させた液肥をまく

黄金のひまわり開花

2024年晩夏、木村さんのふるさとの須賀川市長沼地区にて。「黄金のひまわり」の初開花。

使命感を軽やかに超えて、「好きだから」やる。

社会や社会の抱える問題についてアート的な視点で向き合うこと、あるいはそういった作品のことを「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」と呼ぶことがある。アートを美術館やギャラリーといった特定の“白い箱”の中だけで楽しむのではなく、より社会、つまりは私たちの“暮らし”と結びついた形で、実践的なものにしようという姿勢だ。地球環境問題や不安定な社会情勢などによって、近年とくに若い世代を中心に関心の高い分野でもある。

しかし一方で木村さんを見ていると、そういった“型”にはめることのできない、自由さを感じることがある。確かに彼女の取り組みは興味深いし、社会的な意義も深い。「アーティスト × 社会課題」という切り取り方もできるし、時にはそうした方が分かりやすいかもしれない。
だがしかし、実際に彼女の話を聞いて感じているのは、“意味”や“意義”よりも、もっと手前にあるものーー「好き」や「楽しい」や「やらずにはいられない」という彼女自身から湧き上がる、純粋なモチベーションのような気がしてならない。

木村晃子_アーティスト_黄金のペットボトル大学院卒業後は地元に戻り、アーティストとして活動することも視野に入れているという彼女に、その想いを聞いてみた。

「正直なところ、『地域をより良く!』とか『地域活性!』という使命感めいたものって、そんなにないんです。どちらかと言うと、本当にただ、家族が守ってくれた家や農業、育ててくれた地域が好きだってだけなんですよね。それに、私が地域で活動しているとみんな喜んでくれるんです。『Welcome!』って感じで。だから過疎地と言われながらも、私はここで新しことにチャレンジできる可能性を十分感じてるんですよね。」

来年度もまた、黄金の液肥でひまわりを育てる計画が進んでいる。ポップではつらつとした彼女のようなひまわりが、きっと地域を明るく照らしてくれるのだろうと思いつつ、その“明るい循環”が次の世代にもつながれることを、期待せずにはいられない。

 

木村 晃子(きむら あきこ)
福島県須賀川市出身。東北芸術工科大学美術学科洋画コース修了。現在、同大学院の芸術文化専攻総合芸術研究領域に在籍。大学在学中より、公道に破棄された尿入りペットボトル「黄金のペットボトル」の存在とその背景にある社会課題に関心を抱き、アーティストとして向き合うことを決める。2024年2月、「DOUBLE ANNUAL 2024」にて国立新美術館での京都芸術大学と東北芸術工科大学の学内選抜として選出・展示。同年11月にはアップサイクルアートを発掘する「ACTA+ ART AWARD 2024」にて、全国100以上の出展者の中からファイナリストに選出、準グランプリ受賞を果たす。

「黄金のペットボトル〜GOLDEN PET BOTTLE〜」は現在You tubeにて公開中。

短編モキュメンタリー映画「黄金のペットボトル」”Golden PET Bottles” (a short mockumentary film)
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佐藤美郷

南相馬市出身、須賀川市在住。『ff_私たちの交換日記』エディター。3.11を機に「衣食住美」の大切さに気づき、2020年に夫と『guesthouse Naf...

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