『かわらまち木工舎』中山由紀子さん

かわらまち木工舎

かわらまち木工舎さんを初めて知ったのは、私がまだ東京にいる頃、SNSで福島県界隈の情報を集めていた頃だ。少し暗めの落ち着いた空間の中に、小さな、でも一目で丁寧に作られていると分かる木のカトラリーが並べてある。投稿文をよく読んでみると、地元の木を使っているということも分かった。次に福島に行く機会があったら、この方の作品を見てみたい。そう思って胸を躍らせた。

「ものづくりが好き」で始めた木工と、震災。

『かわらまち木工舎』として屋号を掲げている中山由紀子さんは、福島県須賀川市在住。服飾系の専門学校を出ており、昔から“つくること”が好きだったと言う。木工をはじめたのはお子さんが生まれてからで、小さな椅子や家の中のちょっとした収納棚を自作したのがきっかけだそうだ。そこから次第に木工にのめり込み、ものづくりが好きな仲間と一緒に手作りイベントを開くなどして、作品の販売にも少しずつ挑戦していった。
『1day shop』と名付けた手作り市をはじめてから5年ほど経った年、東日本大震災が起こった。震災当時すでに須賀川市に住んでいたが、実家のある隣の石川町に子供と一緒に身を寄せた。当時のことを振り返って、中山さんは言う。

「実家がたまたまガソリンスタンドだったということもあって、父は日がな一日中、ガソリンを求める人たちの対応に追われていました。あまりの混雑のために給油をお断りをしなければならなかった時があったのですが、そのことを父はとても悔やんでいて。その姿を見て私もやるせない気持ちになりました。」

「私たち家族も、第一原発が水素爆発をしてからしばらくの間は、外出はほとんどしないようにしていました。最低限、スーパーに買い物に行くなどという時以外は、家にずっといましたね。子供と一緒に他県への短期避難も経験しています。」

制作途中の木製カトラリー(撮影:太田亜寿沙)

震災当時のことを語るとき、自分は一体どういった態度を取るべきなのか、今でも迷ってしまう。それは、あの日、あの時期、この「福島」という現地にいた人たちと、それ以外の土地にいた人間とでは、震災の捉え方も感じ方も、全く違っているのではないだろうかと思うからだ。3.11当時、地元を離れて遠く関東に暮らしていた私にとって、現地で生の体験をした中山さんのような方の言葉は、何よりも耳を傾けるべきもののように思えてならない。

しかしそんな神妙な私の気持ちとは裏腹に、震災当時を振り返る中山さんの声色は、明るく、軽やかだった。ひとつひとつの出来事を振り返れば、決して楽なことばかりではなかっただろう。それでも彼女は、前向きな言葉で当時を振り返ってくれる。

「長男と次男はもう成人したんですけど、小学生だった当時、避難先として滞在した高知での思い出を大切にしてくれています。確かに四万十川と山に囲まれた高知県は、ここ福島とはまた違った美しさがあって、本当にきれいでした。」

身近にあるものを使う、手を込めてつくる。

震災から5年ほど経った2016年頃、広葉樹でのスプーンづくりを教えてもらったのをきかっけにして、それまでの棚や収納家具とは違う、小さなカトラリーを制作するようになった。これまで「もったいない」と思っていた木端も、この方法ならきちんと活用できる。当初はひとつひとつ形を決めるところから作り上げていたが、制作方法や道具を試行錯誤しながら改良していき、最近ではパターンをつくって制作にとりかかる、という方法に行きついた。
丁寧に仕上げた後は、地元産の「エゴマ油」をたっぷりと染み込ませ、乾燥したら完成となる。

作品はアトリエにてひとつひとつ手作業でつくられる(撮影:太田亜寿沙)

中山さんのつくるものは、スプーンやしゃもじなど、“いつもの暮らし”に寄り添ってくれるものが多い。

「なるべく産地が分かるもので」という想いのある中山さんは、自身で木材の調達をすることもある。地元の間伐材グループに入り、情報が入ると山へ出向いて間伐の手伝いに行き、切り倒した木の一部を材料としてもらって制作にあてる。

「私のものづくりは、“身近にあるものを使う”、いつもそんな感じなんです。」

壮大なストーリーとは裏腹に、彼女はやっぱりカラリと明るい調子で言う。

仕上げに使っている地元産のエゴマ油は、80歳を超えた中山さんの叔母がつくっている(撮影:太田亜寿沙)

小さいものと大きいものと、繊細さと強さと。

これまで“小さくて繊細なカトラリー”という作風イメージのあった中山さんだが、実はその制作の域は、「建物」にまで達している。取材でお邪魔したのは、ご自宅の庭先にある4畳ほどかわいらしい小屋。なんとここも中山さん自作の空間だそうだ。

ご自宅の敷地の一角に佇む、可愛らしいアトリエ(撮影:太田亜寿沙)

「2021年の6月から制作をスタートさせて、その年の大晦日に完成したんです。一番初めのコンクリート基礎と、最後の電気工事だけは業者にお願いして、あとは本当に自力でつくってしまいました(笑)。小さな小屋ですけど、ちゃんと床も壁も断熱材を入れてあるんですよ。」

基礎と電気工事以外はDIY。アトリエづくりに取り組む中山さん。

高いところは脚立に登って作業。

自作だがきちんと断熱材も入れている。

大変な建設工程を想像しながら、しかし一歩中に足を踏み入れてみると、そこにはきちんと、いつもの“かわらまち木工舎”としての繊細さが漂っている。薄くやさしいグレーで塗られた壁と、制作途中のカトラリーの木のぬくもり。この小屋全体に流れている大胆さと繊細さは、まるで中山さんご自身を表しているかのようだ。

かわらまち木工舎さんのアトリエとロンドングレーの壁。

アトリエの中には、中山さんの好きな作家の作品が飾られている。

話を聞き終わる頃、私の『かわらまち木工舎』へのイメージは、はじめの頃とは全く違うものになっていた。
“繊細で、環境に配慮されたものづくり”
もちろん環境にも優しく丁寧につくられているのだが、だからと言って中山さんの言葉には、「良いことやってます」のような、ひけらかすところが全くない。むしろそういった“流行りの表現”を軽々と飛び越えて、カラっと自然にやってのけてしまっているところに、彼女の強さがあるように思える。
そしてその“繊細さ”と“強さ”は、彼女のつくるひとさじのスプーンや自作の作業小屋の中にも、しっかりと見て取れるのだ。

 

『かわらまち木工舎』 中山由紀子
福島県須賀川市に工房を構え、地元の木を使ったカトラリー、プレート、カッティングボードなどを中心に制作。ひとつひとつ手作業でつくられ、機能性だけでなく道具としての美しさも考え抜かれた木工は、使い手の毎日に丁寧に寄り添ってくれる。仕上げの油には地元農家が作ったエゴマ油を使用するなど、最初から最後まで“身近なもの”で完結する、人にも地球にも優しいものづくりを目指している。

作品のご購入は『iich』オンラインストアより。
Instagram @kawaramachimokkosha

佐藤美郷

南相馬市出身、須賀川市在住。『ff_私たちの交換日記』エディター。3.11を機に「衣食住美」の大切さに気づき、2020年に夫と『guesthouse Naf...

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