漁師のおしごと【陸しごと編】
皆さんが漁師を見かけるのはどんなときだろうか?
漁師と言えば船に乗り、海に出て魚を獲る人たち。でも船に載っていない時も、実は漁師にはたくさんの仕事がある。
そんな「海で魚を獲ること」以外のあれこれを「陸(おか)しごと」という。今回は“漁師の陸しごと”の一部と、そこから見えるいわきの漁師の現状についてご紹介したい。
漁に備える陸しごと
漁に出るまでには、こまごまとした準備がたくさんある。
餌を買い、漁具にセッティングしたり、氷を買って船に載せたり。漁船の燃料を入れるのも案外手間がかかる。これらの作業は漁師たちの言葉で「氷を仕込む」、「油を仕込む」などと言う。この陸しごとに付いて回ると、漁業はすそ野が広い産業であることを実感する。漁師が動くと浜通りの経済が動くのだ。
我が家では、季節ごとに来遊する魚にあわせて漁法を変える「沿岸漁業」を営んでいるため、季節の変わり目や、海の変化に合わせて使う道具・漁具を変える。その都度船に搭載する網を乗せ換えたりするのも、陸しごとの一つだ。
道具を準備するタイミングは、アプリ等から収集する気象・海況予報や実際に海に出た感触、港で仲間の漁師たちから仕入れるリアルタイムの情報で決める。
この他にも、例えば漁の合間を見計らってやる船底の清掃がある。雨が降らない日を選んで、造船所等に船をドックし、船底についた藻や汚れを落とし、ペンキを塗り替える作業もそのひとつ。大きめの船だと数日間かかるし、小さな船でも一日がかりの仕事だ。
船底をきれいにすると船の持ちがよくなるのはもちろん、船の走りも良くなる。燃費が良くなるので、省エネ対策にもなるらしい。
漁を終えたあとの陸しごと
いわきの浜では船を迎え、市場で仕分け作業をする漁師の妻や娘たちの姿を見ることができる。特に「板曳き」*¹と呼ばれる漁業では、たくさんの種類の魚が一度に獲れるため、市場での選別作業は値段を左右する大切な仕事だ。
この光景は全国的にも世界的にも珍しいらしい。以前、いわきの中でも特に沿岸漁業を主体としている沼ノ内漁港に、国内の漁業研究者やアメリカの水産庁関係者が見学に来たことがあるが、皆この陸しごとに驚いていた。
*¹船で袋状の網を曳き、海底付近の水産物を漁獲する「底曳き網漁業」の一種。袋状の網の入り口に板(網口開口版)をつけることで、網を引いた際に網口が開き効率的に漁獲ができるため、比較的少人数で操業が可能。
漁から帰った後の網のメンテナンスも、大切な陸しごとだ。漁業種類によっては大がかりになるこのメンテナンス作業だが、私の原風景は、港の岸壁に200メートルぐらいの網(シラスやコオナゴを獲るためのもの)を広げて、家族みんなで補修作業をしているというもの。幼い私たちは何かしら遊びを見つけて一緒にその場にいるという感じだったが、たまに「ここを持ってて」と言われると喜んで手伝いをしたりした。大好きな思い出のひとつである。
有事に備える陸しごと
台風や低気圧が来るとわかると、漁師の腰が落ち着かない。一番の商売道具である船を守るために、備えなければならないからだ。海に仕掛けてある網や籠は数日前に回収して船の上の道具を片づける。最後に港の岸壁からロープをしっかりと張って、船を固定する。
最近は台風や爆弾低気圧等が増えたので、この作業が増えた気がしている。これはつまり、天候に左右されて漁に出る機会が少なくなっている、ということだ。つくづく漁師は地球の変化をダイレクトに受け止める仕事だと感じる。
未来に備える陸しごと
その他にも、漁師はときに一円も儲けにならない仕事もする。例えば磯に海藻コンブを植えたり、ウニを餌がある場所に移動したり(“ウニを移植する”と言う)、ヒラメの稚魚を放流しに行ったりというのがそれだ。
東日本大震災以前は、よく海辺の監視活動もしていた。自分たちが手入れしてきた磯を荒らしに来る密漁者を捕まえるためである。
実は監視活動の他にも、震災・原発事故以後にひっそり消えてしまった漁師のルーチンは結構ある。家業を通じていわきの漁業をずっと見てきた私は、その変化が少し辛い。漁師の仕事の中には、日常の作業の端々に「未来への備え」が織り込まれている。粛々と積み上げてきたそれらの仕事が途絶えるということは、どんなに重い出来事か。
しかし震災・原発事故を経てもなお、浜辺で動き続ける漁師たちとその家族がいる。それが、「まだ福島に漁業があり続けている」「“常磐もの”がこれからも私たちの食卓に届くのだ」という希望を実感する光景にもなっているのだ。
浜通りを訪れたら、ぜひ海辺に目を凝らしてほしい。
そこには穏やかに今日の漁を振り返り、明日の漁に備える人たちの姿があるはずだ。
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