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漁師のお仕事【刺し網漁編】 ―我が家に戻りつつある豊漁のよろこび―

刺し網漁 いわき 福島

夏から秋にかけて、いわきの沿岸では「刺し網漁」が盛んになる。
「刺し網」は、魚の通り道に網を張ってからめとる漁法のことだ。全国各地の沿岸で行われていて、沿岸漁業(小規模漁業)の定番漁法と言ってもよいかもしれない。
地域によって使う網の素材や色、網目の大きさは様々だ。何を狙うか、保護するか、海によって異なる環境に合わせて漁師たちがルールを決めている。

いわきの海では、テグス素材でやや大きめの網目のものを使っている。漁師によって戦略は異なるが、数十メートル〜百メートルを超える網を使う。
ヒラメやガザミ、イセエビなど、水深や海域、時期によって多種多様な魚介類がかかる。
我が家では父と母、最近ではたまに私も船に乗り、この刺し網漁を操業している。

天気予報とのにらめっこ

刺し網漁 いわき 福島

早朝、刺し網を揚げるため出港の準備をする我が家の船。

刺し網漁は、海に網を入れる工程(「網をさす」と言う)と、その網を揚げて漁獲物を回収する工程がある。我が家では夕方ごろに網をさし、翌日の早朝に回収することが多い。2日間で1回の漁が完結する。
そうはいっても、2日間続けて波が低くて穏やかな海になることはめったになく、より良い条件で操業ができる海の状況を探りながら漁を計画するのだ。
網をさすのと回収するのは、船上での作業もあるので、波の高さや天候を特に気にする。また、潮の向きや速さはとても重要で、網が絡まらずにちゃんと設置できるか、回収するときに船のプロペラに巻き付かないかなど、とても神経を使う。

昔はテレビの天気予報と天気図を見ながら予想をしていたが、最近では天候・漁海況を予測するデータを色々なところが出している。父のスマホには複数のアプリが入っていて、それを見ながら風や潮、波の高さなどを予想して漁の計画を立てている。

面白いのは、結局のところどの情報も最終的には「信用しきってはいない」ところだ。
最後は自分の目で海を見て決める。「予報は外れることも、急に変わることもあるから」という前提だ。あくまで操業の安全を補完するツールの一つとして活用している。

海との知恵比べ・根気比べ

無事に網をさすと、父は寝るまで「(魚が)かかってっかな~」とそわそわする。あんまり期待しないようにしようと口では言っているが、きっとわくわくしているのだろう。新しい漁場に網をさしたときや、網を新しくしたときなんかは、その結果が早く知りたいと言わんばかりだ。

刺し網漁 いわき 福島

網を揚げていく。水面に映る魚影を待ち望む。

網を揚げる当日。漁場に到着し、網を揚げる瞬間がドキドキの絶頂だ。水面に浮かび上がってくる網と魚影を見て、「きたぞー」と父の声が上がると、同乗している私も「ルンっ」とする。最近では、いわきの海でイセエビが獲れるようになり、刺し網にもよくかかる。
刺し網漁は大漁と引き換えに、網から漁獲物を取り外す「ちょー面倒な作業」が待っている。イセエビやカニは高値で売れる一方、網から外すのが大変だ。母に言わせれば「嬉しい“大変”」ということだが、まるで知恵の輪を解くような作業を数十匹分もやるのは気が遠くなる。

刺し網漁 いわき 福島

カニを網から取り外す。鍵張りのようなものを使ってカニの体と手足に絡みついた網の糸を外していく。

網には売れる魚だけでなく、海藻やゴミ、売れない生物も絡まっている。座布団ほどもある大きなアカエイがかかることもあり、売ってもいくらにもならないのに手間ばかりかかる。
これらのごみを外して、網を元の状態に戻す作業を「網をさばく」と言うが、この網をさばく作業が何とも骨が折れる。

刺し網漁 いわき 福島

網をさばく父と母。阿吽の呼吸で私が入る隙はない。

とにかく手間がかかる漁法だな、というのが、私が初めて刺し網漁をした時の感想だった。しかしこの漁法は、網の大きさや漁場等を調整すれば高齢になってもできるし、私のような初心者にも分かりやすいというメリットもある。太古の昔から引き継がれてきた漁師たちの財産のような漁法なのかもしれない。

豊漁のよろこび

刺し網漁 いわき 福島 ガザミ

刺し網にかかったガザミ

先日、私が仕事の関係で漁に同乗できなかった日のこと。母から「今日は大漁!!」とメッセージが届いた。そのメッセージを見て、私の心はものすごく満たされた。一緒に漁に出ていないのに、だ。
この大漁の喜びは子どものころから感じてきた、漁師とその家族が味わうことができる最高の気持ちだ。筆舌しがたい、何とも満たされた、誇らしげな“よろこび”。このよろこびがあるから、漁師はやめられないのだろう。
原発事故以降、一時の操業停止を経験し、試験操業という制限下での操業が続いたとき、漁師の家族として一番つらかったのはこの“よろこび”が奪われたことだったかもしれない。

そのよろこびが最近、少しずつだけど戻ってきているのを実感している。まだまだだし、いいことばかりではない現実も同時にあるけれど。一番つらい時を踏ん張り、ひとつずつ取り戻してきた先輩漁師たちのおかげで、私は今日、豊漁のよろこびを感じることができる。そう思うと、故郷では本当にすごいことが起こっているんだと思う。
その灯を私たち世代で途絶えさせることはしたくない。それは決して容易いことではないと知りながら、そう思わずにはいられないのだ。


「ふくしま常磐ものNAVI」福島県農林水産部水産課より。さし網漁についてはこちらから。

久保 奈都子

漁業コミュニケーター/ライター いわき市で漁業を営む“漁師のむすめ”。大学在学中にいわき市漁協、漁業者とともにいわきの漁業の今を伝えるスタディーツアーを実施...

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