『暮らしの体験宿ひととき』 オーナー 佐々木祐子さん

ゲストハウスに対する世間一般のイメージは、バックパックで旅慣れた海外客や、滞在者同士が一期一会の出会いを楽しむ場、といったものかもしれない。当然、宿を営むオーナー自身も個性が効いていて、彼/彼女らに会いに来るためのゲストがいることも珍しくないだろう。
今回お話を伺った佐々木祐子さんは、福島県西会津町でパートナーと共に宿を運営している。2018年に『ゲストハウスひととき』としてオープンし、後に『暮らしの体験宿ひととき』と名称を変えながら、およそ6年もの間、西会津町で活動を続けてきた。一見すると既述のゲストハウスオーナーよろしく、明るく気さくで、来る人を惹きつける魅力のある祐子さん。しかし、彼女がここに至るまでの道のりを伺うごとに、やっぱり人の人生はそんなに単純ではないということを思い知らされている。

彼女がなぜ宿をしているのか、そしてこれからどこへ向かうのかについて、触れていきたい。

とにかく“何かになりたかった”20代

佐々木(旧姓大野)祐子さんは、福島県郡山市生まれ。福島県のほぼ中央に位置し、県内でも1,2を争う商業都市の、さらに中心部で生まれ育っている。小・中は私立校に通い、のびのびと自由に、自主性を重んじる校風の中で教育を受けた。彼女が転機と語るのは、高校時代。地元でも一番の公立の進学校に入学したが、それまでの環境との違いに戸惑うことが多かったそうだ。一番の違和感は、授業が楽しくないこと。特にこれまで実践を中心に受けていた英語教育は、その教科書中心・大学受験至上主義的な授業のあり方に、すっかりやる気を失っていった。それでも大学は好きな語学を学ぶために、外国語を学べる学科を選び、卒業後は都内の大学でフランス文学を専攻した。

しかし、専攻のフランス文学が彼女の性には全く合っていなかった。大学での勉強にもさほど熱を込められず、大学3年次には就職活動を迎えたが、祐子さんの卒業年度である2010年は、日本でのリーマン・ショックの影響が色濃く出た年でもあった。就職先を考えた結果、安定していると言われている食品業界に進むことを決意。就職難の中、大手食品会社に就職を決め、内定式に参加した。が、結局その企業で働くことはなかった。内定式後、就職を辞退したのだ。

暮らしの体験宿ひととき 佐々木祐子さん

「なんだったんでしょうね…。もっと、自分のやりたいことにきちんと挑戦してみたくなったのかもしれません。とにかく『ここでは働けない』と感じてしまって。就職を辞退した後、制作会社にご縁をいただいて、CSRやIRを扱う部署で働くことになりました。」

その後、印刷会社での営業・企画業務、出版会社での編集者、翻訳会社のディレクターなどの転職を経験した祐子さん。プライベートでも仕事での業務改善のヒントを得るために社会人大学へ通うなど、20代はとにかく活動的に過ごしたと言う。

「当時勤めていた会社で、どうも社内コミュニケーションが上手くいっていなと感じることがあって、その改善のために自由大学という社会人大学で『キュレーション学』を学んでみることにしたんです。そこではじめて“求められた答え”ではなく、自分の頭で考えた“自分なりの答え”を導き出すことの大切さを学んだんですよね。」

東日本大震災が起こったことも、自由大学での学びに影響した。当時開講されていた『東北復興学』を受講することにし、そこで初めて震災後の故郷について真剣に考えることになったと言う。徐々に祐子さんの中で「福島にみんなが集える場をつくりたい」という想いが芽生えていった。

福島へUターンして、“自ら考える人”になる。

自由大学でできた仲間から背中を押され、2015年、祐子さんは福島県南相馬市の企業に転職をすることとなる。津波で被災した広大な土地にソーラーパネルを設置し、太陽光発電所と植物工場を展開するという事業で、祐子さんは地元の子どもたちを対象とした体験学習を提供するポジションを任された。原発で大きな被害を受けた沿岸地域での、代替エネルギーの普及・教育には可能性がある。子どもたち向けの教育という仕事内容にもやりがいを感じる。しかし“被災地”に深く関わり、仕事を通してコミットしていく中で、祐子さんは「長期的な復興人材の育成」という切実な課題にも、向き合わざるを得なくなっていった。

働き始めて2年が経った頃、祐子さんは同僚だった佐々木雄介さんと結婚し、二人で西会津町へ移住することを決めた。「自らが考え、実行できる人間になりたい」という想いからの、新しいスタートであった。

東北六魂祭

自由大学の仲間と東北六魂祭めぐり

当時、西会津町と言えば県内でも移住者を多く集め、芸術家を招き入れた地域活性化事業など、過疎地でありながら先進的かつ積極的なまちづくりで注目を集めていた。祐子さん夫妻もその新しいムーブメントに惹かれ、地域おこし協力隊として移住。将来的に西会津町でゲストハウスを開業することを念頭に活動を開始した。地域観光の部署で仕事をしながら地域の人たちとのつながりも築き、移住2年目に『ゲストハウスひととき』をオープン。町の中でも宿場であった上野尻地区にて、築40年程の元・下駄屋をセルフリノベーションしてつくりあげた。

現在、ひとときの活動は宿だけに留まらない。2019年には宿の一角を飲食スペースとしたカフェバーをオープン。2022年からは東京出身の女性が仲間となり、店主として店を切り盛りしている。その他にも、空き家を改装した図書館兼私設公民館『いとなみ』の運営、ゲスト専用のサウナ小屋の開設など、とにかくその活動は多岐にわたり、2023年には、名称を『暮らしの体験宿ひととき』と変えた。

「はじめはゲストハウスをやってみたい、というシンプルな想いから始めた事業でしたが、ここ上野尻地区で地域の皆さんと暮らし、外からたくさんのゲストを迎えていく中で、少しずつ自分たちの想いも変化していったんです。今はここでの暮らしをいかに豊かなものに出来るか、実験的な気持ちも混めながら楽しんで活動に取り組んでいますね。」

暮らしの体験宿ひととき 佐々木祐子さん

 

「余所者であることを忘れない」と、「余所者だからできる」のバランス。

田舎暮らしへの期待を胸に移住をしてくる人たちは、県内でも徐々に増えている。中でも西会津町は、その先進的な地域活性化の取り組みからメディアにも多く取り上げられ、移住者の多い地域として知られてきた。とは言え、町の実態は人口5500人弱の過疎地。面積の80%以上が森林という環境で、当たり前のように冬には大雪が降る。前向きな移住・定住向けの専門誌に、キラキラとした実績が切り取られて掲載され、傍からはいかにも「V字復活」の可能性に溢れた土地に見えるだろう。しかし当然ながら、実際の移住生活には苦労もともなうものだ。東北の雪深い小さな町に残る文化に馴染むためには、時間がかかる。祐子さんと雄介さんは、そういった地元からの信頼を得るために、少しずつ、しかし着実に活動を続けてきた。

「私たち外からの移住者は、やっぱりいつも・どこかで“見られている”という意識を失ってはいけないと思うんです。ゲストハウスをオープンしたての頃は、ご近所への音の配慮や駐車マナーなどは、とてもシビアに気を付けていましたね。そういった私たちの態度を見てか、少しずつ町の人からも声をかけてもらえるようになって、空き家を探せば『じゃあ、あそこはどうか』とか、『うちのを貸すよ』とか言ってもらえるようになっていきました。今では大家さんから山と畑も引き継いで、私たちで管理もしていく予定なんです。」

ひととき サマーキャンプ

ひとときでのサマーキャンプの様子

ひとときでの滞在

ゲストと一緒にご飯を作り、交流する時間もひととき滞在の醍醐味。

震災後の“これまで”の10年と“これから”の10年。

宿と暮らしに関わる事業を続けて6年目。30歳で起業した祐子さんの30代は、ほぼひとときに捧げてきたと言っても過言ではない。祐子さんとほぼ同年代の筆者としては、ここでひとつ、気になることがある。それは、東日本大震災発生当時20代半ばであった私たちが、これからどこへ向かうべきかという問題についてである。「とにかく何かしなければ」という根拠のない使命感に駆られた20代は、正直、真っすぐに向き合っていれば何かしらの学びを得ることはできた。30代になり、自分たちの場やプロフェッションを持つにつれ、段々と“使命感”だけではどうにもならない、壁のようなものを感じることが増えている。その壁の原因とは何かを考えた時、私たちに必要なのは、“純粋に楽しむこと”ではないかと感じるのだ。「やらなくちゃ」ではなく「やりたい」という気持ちである。
「長期的な復興人材」の必要性を感じ、自分自身がそうあろうとし続けてきた祐子さんは今、自身の事業や取り組みについてどう考えているのだろうか。

暮らしの体験宿ひととき 佐々木祐子さん

「そうですね。色々やってきて思うのは、私はやっぱり次世代の子たちに“いい循環を残していく”ということに喜びを感じているということです。現代って、“間違うこと”をあまり許してもらえないですよね。でも実際に生きるって、トライ&エラーの繰り返しだと思うんです。高校で挫折して、大学でもあまり面白さを見いだせなかったあの頃の自分にも、道なんていくらでもある!と今なら言ってあげられる。ひとときでは、そういった“間違ってもい環境”をつくりたいんです。たくさん挑戦して、たくさん間違う。その中で重ねた体験が、きっと自分を知ることにつながる。結局私がやりたいことってこういったことで、震災から13年経った今ここに戻ってきた、という感じでしょうか。」

今後は親子や子どもたちだけで夏や冬滞在するプログラムをより整備していきたいと、祐子さん。地元の高校生からもひとときでバイトしたいという話もあるそうで、彼女、彼らの仕事もつくっていきたいと、抱負を語ってくれた。
祐子さんと私たちのこれからの10年はきっと、明るく楽しいものになっていくのだろう。


西会津町公式HPより(2024年8月現在の情報)

 

暮らしの体験宿ひととき 佐々木祐子さん

佐々木 祐子(ささき ゆうこ)
福島県郡山市生まれ。『暮らしの体験宿ひととき』オーナー。都内の大学を卒業後、制作・編集の仕事を中心にキャリアを積む。2014年に福島へUターン後、南相馬ソーラーアグリパーク(現:あすびとパーク)にて、地元の小中学生へ代替エネルギーの体験学習を提供する職に従事。2017年にパートナーとともに西会津町へ移住し、地域おこし協力隊を務めながら2018年に『ゲストハウスひととき』をオープン。現在は『暮らしの体験宿』と名称を変え、カフェや私設公民館の運営など、日々の“いとなみ”をいかに豊かにできるかを実践している。社会起業家育成プログラム「SENDAI Social Innovation Summit 2021」にて共感賞・オルビス特別賞受賞。

▶暮らしの体験宿ひととき Instagram@hito_toki.fukushima
▶私設公民館いとなみ Instagram@itonami.fukushima

佐藤美郷

南相馬市出身、須賀川市在住。『ff_私たちの交換日記』エディター。3.11を機に「衣食住美」の大切さに気づき、2020年に夫と『guesthouse Naf...

プロフィール

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  • コメント ( 2 )

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  1. かみや

    先日初めてお会いしておしゃべりしたら、Instagramの印象と違ってまだまだおしゃべりしたい可愛らしいゆうこちゃん。皆さん会いに行ってみてー。この記事を読んでまた会いに行きたくなりました。遠いけど遠いだけ待ち遠しく楽しみが増える西会津だと思いました。

    • ff-ourdiaryff-ourdiary

      かみや様
      こんにちは。エディターの佐藤です。コメントをありがとうございます。
      ゆうこちゃん、本当にピュアで可愛らしいですよね。この撮影のときもハートを抜き打ちでした(笑)。
      ぜひまた西会津へ、佐々木夫妻に会いに行ってみてください。

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