漁師のお仕事【100年続く、うにの貝焼編】
いわきの郷土食、「うにの貝焼」をご存知だろうか。
ホッキガイの貝殻の上にウニの身をのせて蒸し焼きにしたもので、香ばしい香りとしっとりふわっとした甘いウニの身がたっぷりのった、贅沢な一品である。2022年には文化庁の『100年フード』にも認定され、江戸時代後期につくられていたとされる文献*¹もあるほど、歴史の長い郷土食である。
今回はこの「うにの貝焼」を通して、限りある磯のめぐみと郷土の食文化、そしてそれらを手仕事で守ってきた浜の人々の姿とマインドについてお伝えしたい。
取材は、いわき市の下神白(しもかじろ)採鮑組合様にご協力をいただいている。
地先の磯に潜ってウニを採る
初夏から夏にかけて、いわきでは潜水漁(「採鮑(さいぼう)」という)をする。
季節や海の状況に合わせてさまざまな漁法を行う「沿岸漁業」を営む我が家も、夏は採鮑の時期だ。
「採(とる)鮑(あわび)」と書くが、この漁法で採っているのは「アワビ(エゾアワビ)」と「ウニ(キタムラサキウニ)」。特にウニ漁は、「うにの貝焼」の加工とセットで漁家が一貫して行う。
ウニ漁は毎年5月に解禁され、ウニの産卵期に入る前までの7月頃まで続く。
朝、漁の準備をするため「潜り小屋(くぐりごや)」に漁師たちが集まる。いわきには採鮑をする地域が11箇所あり、地域ごとに目の前にある地先の磯を漁場にする。潜り小屋もその地域ごとにあり、採鮑をする漁師たちの拠点になるのだ。
集まった漁師たちは、海や天気を見て、その日の漁を決行するか中止にするかを決める。海が荒れたり水温が低かったりすれば休漁だし、ウニは真水に触れるとすぐに死んでしまうので、雨が降っていても休漁だ。
出漁が決まると、漁師の間では「ダッコチャン」と呼ばれるウエットスーツを着て、小さな和船に乗り込み、漁場となる磯に向かう。地域によって若干異なるが、一人の漁師が一日に採っても良い数量はおよそ10㎏~20㎏と決められている。そのため漁師たちはより実入りが良いウニを狙うのだが、そこは経験や腕の良さがものを言う。若くて体力があるからと言って良い漁ができるとは限らないのが、この漁業の面白いところかもしれない。
採ったウニは潜り小屋で計量し、制限数量内におさまっているかどうかを確認した後、各漁家に持ち込まれる。
いわきの夏の風物詩、「うにの貝焼」の加工風景
朝採ってきたウニはその日のうちに加工する。各漁家の加工場で、家族で加工することが多い。我が家も父がウニを採り、祖父母と母、近所のおばちゃんが貝焼きをつくって出荷していた。
ウニの殻を割り、身を丁寧にスプーンで取り出し、盛り付ける。火入れが始まる昼頃になると、香ばしい香りがあたりに漂う。
この加工風景は、ウニ漁が解禁になる初夏から夏にかけてのいわきの浜の風物詩だ。
うにの貝焼の価値は、色のきれいさと盛り付けのうまさがカギとなる。いかに良い身が入ったウニを採ってくるか、いかに美しく盛り付けるかを工夫し、競い合い、「いわきのうにの貝焼」は市内外にたくさんのファンを持つ”いわきの夏の贈り物”の定番になっていったのだ。
安定生産を守る、磯に関わる漁師の“日常”
採鮑の期間は比較的安定収入が得られる。その一方で、長い禁漁期間にもやっていることがたくさんある。餌となる海藻が豊富な場所へウニを移動する「移植」や、海藻を増やす活動などもする。夏にしっかり身が入ったウニが採れるように、禁漁期間であっても漁師の頭の中にはずっと磯のことがあるのだ。
採り方のルールも、潮の速さや磯の構造、所属する漁師の年齢層等さまざまな背景に合わせて、各地域の漁師が自分たちで決めてきた。その柔軟なカスタマイズが、丁寧に愛着を持って地先を守る漁師たちのマインドを体現しているようでもある。漁師たちにとっては、地先の磯を守ることは当然のことであり、日常だ。こういった磯に関わり続ける漁師の“日常”が、彼らの安定生産・安定収入につながり、消費者への安定的な海の幸の提供につながっている。
3.11後の変わる「うにの貝焼」
ここまでの話は、東日本大震災以前のことだ。
ご多分に漏れず、「うにの貝焼」も、東日本大震災・原発事故の影響を受け、操業の方法を変えざるを得なかった。ウニ漁が“試験操業”として再開したのは震災から4年後の2015年。2021年に”通常操業”になり、操業回数や生産量を少しずつ増やしてきている。
通常操業とは言っても加工場は市内2箇所に集約され、家族での作業ではなくなった。夏の風物詩だった景色は、今となっては限られた関係者しか目にすることができなくなってしまったのだ。
それでも、磯の手入れや技術の継承は坦々と続けられている。
いわき市漁業協同組合は、このいわきの誇れる文化を残し、発信するべく、さまざまな認証取得も目指しているという。
私も大好きなあの景色とにおい。これらがなくなる未来は想像できない。
いわきの漁師が、いわきの磯で採ったウニでつくる「うにの貝焼」が、いつまでも食べられる未来を期待している。
*¹ 参考文献:江名漁業協同組合『江名漁業史』 昭和37年10月15日発行
取材ご協力:いわき市 下神白(しもかじろ)採鮑組合 様
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