東京から福島へ。ただ暮らしてみたくて、移住した。

okada nao colimn 移住
コラム

はじめまして。岡田菜緒です。
福島県の西会津町に猫2匹と暮らしています。3年前の2021年に東京から福島にふらっと移住しました。自然の中で過ごすこと、食べることと創ることが好きです。アーユルヴェーダを勉強していて、日々の暮らしに取り入れています。
ふだんは西会津町の上野尻地区にある『暮らしの体験宿ひととき』に併設されたカフェ『CHAMISE』の店主としてお店をきりもりしたり、スパイスカレーの料理教室やアーユルヴェーダのワークショップやリトリートを企画・開催したりしています。
移住してから今までの出来事やその中で感じてきたことは、今までなかなかきちんと言葉にする機会がありませんでした。この連載をきっかけに、西会津町に来た経緯や動機を振り返るとともに、これからのことなども綴っていきたいと思います。
第一回の今回は自己紹介を兼ねて、私が西会津町で暮らし始めるまでを振り返ります。

東京生まれ、東京育ち、大学は農学部。

1994年、東京生まれ東京育ち。自分の故郷と呼べるような田舎がなかったけど、自然や動植物、食への興味は小さい頃からあった。
大学は農学部に進学。全国各地の農家や牧場でお手伝いさせてもらう中で、地方で暮らすこと、農的暮らしに憧れを持つようになる。この頃から地域おこし協力隊などの存在は知っていたし、学部の特性上、地方に移住して働くという選択肢も持つことはできた。でもそれは、もっと地域に思い入れや縁があったり、そこでやりたいことや目標が明確にある人だけができることだと思っていた。なんとなく「地方で暮らすのいいな〜」というくらいの私には縁遠い話だろうと諦めていた。
結局、東京で就職活動を始める。「みんなそうしているし」ではじめた就活だったので、ほどなくして苦戦しはじめ、自分の進みたい道が分からなくなった。もがいた結果、建築資材のタイルの専門商社に就職し、横浜で営業職として勤務。仕事も生活も充実はしていたけど「なんだかこれじゃないような気がする」と、もやもやとした時間を過ごした。

「自分の声に従う」アーユルヴェーダとの出会い

私には20代前半くらいから、慢性的な不調があった。便秘、肌荒れ、眠りが浅いなどだ。それは就活時期と社会人の新生活の時期を経て、なんだか年々しんどくなっていくような感じがした。
いろいろやってみてもなかなか治らない。心にも問題がある気がした。いい加減なんとかしたいなあと思っている時にたまたま知ったのが、インドの古典医学であるアーユルヴェーダだった。
もともとスパイスカレーが好きで、何度も旅行にいくほどインドやスリランカも好きだったので、アーユルヴェーダが面白い!とピンとくるのも時間はかからなかった。
アーユルヴェーダを学ぶうちに、自分自身と向き合う時間が増えた。今の調子はどう?本当は何が食べたい?自分の五感は何を感じている?と、体や心に問いかけるようになった。そして初めて今まで自分の体と心の声がうまく聞けていなかったことに気づいた。不調はそんな自分からのメッセージだったのかもしれない。
そんな時間を過ごしていたら、本当はどんな暮らしがしたいんだっけ?本当はどんな風に生きたいんだっけ?今の生活は本当に自分に合っているんだっけ? と暮らしや生き方自体も見直すようになった。
これからは世間の常識やあらかじめ敷かれたレールの上の「よい生き方」ではなく、自分にとっての「よりよい生き方」を自分の声に従って選んでいきたいと思い始めた。

初めてのインド旅

初めて訪れたインドにて。朝の光が綺麗。

会社を辞めて、憧れの〝農的暮らし〟へ

コロナ禍の2020年、4年勤めた会社を辞めた。本当にやってみたいこと、やりたかったけど諦めてきたことを、やってみようと一念発起する。その後のことはわからないけど、一旦自分の声に従ってみよう!と。
自然に近い場所で暮らすことや農的な暮らしに憧れがあった私は、本当にそれが自分にあっているか一度やってみて確かめたくて、それを体験できる場所を探した。そこでSNSでたまたま見つけたのが西会津町にある『ダーナ・ビレッジ』というところだった。中長期滞在できるボランティアを募集していたのでさっそく連絡をして、滞在させてもらうことになった。

「かも」が確信に変わる

初めて訪れることになった西会津町。萌黄色の山に桜が咲いていて、春の光が本当に美しく風が心地いい4月のことだった。約2週間の滞在。朝は日の出と共に起きて、農作業をして汗をかいて、ご飯を食べて、みんなで話して、夜も早くに床に就く。鳥の声、風の音がBGM。水は美味しくて野菜は新鮮。毎日幸せだった。
ダーナビレッジでは料理のスタッフとして滞在させてもらうことになっていた。食への興味から農学部へ進学したこともあり、食べることも創ることも好きだった。だけど仕事として料理をするのは初めてのこと。不安に思いながらも、その時採れる新鮮な土地のものをおいしく届けるために料理をすると、喜んでくれて褒めてくれる人がいた。そのことに勇気づけられた。これは自分がとても好きなことなのだと、心が喜ぶのがわかった。
「農的暮らし」が自分には合っているのかもしれない、の「かも」がだんだん確信に変わってきていた。

ダーナ・ビレッジ 山菜採り

ダーナ・ビレッジにて。春の山菜採りに山へ。

2週間の予定が1ヶ月、2ヶ月…「しばらく居てもいいですか?」

何の前情報もなく訪れた西会津町だったが、どうやら西会津国際芸術村というアート施設があったり、人口5,000人という小さな町ながらも若者の移住者が多かったりと、先進的な田舎町であることがわかった。移住や地域活性界隈では西会津町は有名らしく、町を訪れる人はそれを知っていて来る人が多いようだけれど、私は全く知らずに偶然訪れたのだった。
そんなことで、町内の素敵な場所をいろいろ案内してもらっていたとき、『暮らしの体験宿ひととき(当時はゲストハウスひととき)』を知る。こちらでもボランティアを募集していることがわかり、西会津町にもう少し滞在していろいろな経験をしてみたい気持ちになっていた私は、さっそく問い合わせをしてみた。そうして出会ったのがひとときのオーナーの佐々木祐子さんと雄介さん夫婦だ。
ここでまた2週間ほど、お手伝いしながら居候させてもらうことになる。
ひとときでは、宿のお掃除や畑作業、宿のゲストさんへの食事提供や、カフェスペースの運営などをお手伝いさせてもらっていた。
一緒に暮らし、働く中で、たくさん話をした。二人の考えていることに深く共感した。そして思い描いていることを共に実現して行けたら面白そうだなあと思い始めていた。2週間では足りないな。もう少し。次の季節まで。そう思って、滞在期間はどんどん伸び、結局半年ほど居させてもらうことになった。

暮らしの体験宿 ひととき 佐々木夫妻

暮らしの体験宿『ひととき』のオーナー、佐々木夫妻と。

ただ暮らしてみたくて、移住した。

そんなきっかけで出会った西会津町。最初に訪れたのが2021年の春。そして同年秋には住民票を西会津町に移している。
今振り返ると、我ながらよく移住を決断したなぁという状態だった。決断というよりも「流れに身をまかせていたら移住しちゃっていた」という方が正しいかもしれない。
この時はまだひとときに居候させてもらっていたので、自分の家もない、これといった仕事もない、27歳・独身女。地域おこし協力隊になるわけでもない、起業したいわけでもない。ここで叶えたい大きな夢があるわけでもない。
ただ、たまたま訪れたこの町が、ここで出会う人たちが、素敵で面白かった。もう少しここで暮らしてみたいと思った。暮らしてみた先にある未来にワクワクしていた。そしてそれを喜んでくれて応援してくれる人がいた。それだけの理由だった。
なんと無鉄砲な…!昔の自分だったら移住に踏み切れていたかわからない。

移住は、何か思い入れや縁がある地域で、やりたいことや目標が明確にある人じゃないとできないものだと思っていた。
でも、そんなこともないのかもと、今では思う。今よりちょっと自分が心地よいと感じる方へ、わくわくすること・素敵な人と出会えそうな方へ。私自身、自分の気持ちに素直に従って行動してみたら、なんだかそういう流れになっていって、案外すんなりできてしまっていたのだから。

と、ここまでが私が西会津町に暮らしの拠点を移すことになるまでのお話です。
この後どんな生活が展開されていくのか、移住後の暮らしや仕事については次回の記事で!

★noteもやっています:nao okada

岡田菜緒

東京都北区出身。福島県西会津町在住。スパイスカレーとパフェの店『CHAMISE』店主。アーユルヴェーダ・ライフスタイル・カウンセラー。散歩と料理とアーユルヴ...

プロフィール

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